第2話 大人向けビデオを観てた理由

「あ…………っ。あ……あっ……ああ……あぁぁぁぁ……っ」


「え……え、えっ…………えーっと…………」


「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 月森さんと俺以外誰もいない放課後の教室。


 そこで、どうやら俺はとんでもない状況に出くわしてしまったみたいだった。


「わ、忘れてっ! お願いっ! お願いだからっ!」


「へ!? えっ、あ、あのっ、つ、月森さ、ち、近っ……!」


「何でもするっ! 何でも言うこと聞くっ! 君の命令すること、どんなことでもちゃんと聞くからっ! お願いだからこのことは誰にも言わず忘れてっ! お、お願い!」


 壁ドンする勢いで俺に超接近し、普段のクールな感じからは考えられないくらい懇願してくる月森さん。


 ふわりと揺れる髪の毛からは優しいシャンプーの香りがし、眼前には憧れてた彼女の顔が確かにあった。もう何が何なのか、さっぱりわからない。


状況も状況だし、これは夢か何かか。


「わ、わかった。わかったから、ちょ、ちょっととりあえず落ち着いて? 月森さん」


「お、落ち着いた瞬間に逃げない? 逃げて、私が放課後の教室でこっそり……観てたこと言いふらして回るとか……」


「し、しないよ! そんなことしないから、とにかく冷静になって。で、お、俺から少し離れて。も、もし誰かが見てたら……その、誤解を受ける可能性……あるし」


 こんなことを言う俺も俺で気持ち悪いかもしれない。


 そう思ったけど、月森さんはハッとし、即座に壁ドン至近距離だったところから離れてくれた。


そして、


「ご、ごめん……」


恥ずかしそうにしながら謝ってくれる。


 ギャップが凄い。


いつもならその切れ長の瞳に灯ってるのはクールな雰囲気一色なのに。


 思わずこっちも恥ずかしくなってしまった。


「……月森さんがそうやって謝ってくれるなら……俺も謝らないといけない。教室……いきなり入って申し訳なかった……です。ノックとか、すればよかった……」


「そ、そう。その通り。……って言いたいとこだけど、そんなわけない。教室とか、自分の部屋でも何でもないし。名和くんが謝る必要とかは……全然ないと思う」


 え。マジか。俺の名前、知っててくれたんだ。


 会話のキャッチボールとして、もっともらしいセリフを返さないといけないところなのに、俺は一人、変なところで感動してた。


 なんか救われた気がする。もう俺、今日死んでもいいかも……。


「あ、あと……学校でスマホとか、本来は触るの禁止されてるじゃん……? どっちにしても私が悪いっていうか……。なんでこんなタイミングで見られるのって思いはあるけど……私には名和くん責める権利ないよ……」


 はぁ、と肩を落として人生の終わりみたいな顔をする月森さん。


 瞳の光は消え失せ、このまま自害しそうな雰囲気だった。マズい。どうにかして慰めてあげないと。


「だ、大丈夫ですよ。スマホくらいみんなこっそり学校で開いてるし、お、大人向けのビデオだって、男子だけじゃなく、女子も結構観てると思うから。う、うん。大丈夫。だいじょう……ぶ」


「っ~……」


 シンプルに自分のことをバカだと思った。


 新手のセクハラだろうか。


 慰めるって言ったって、もう少し言い方ってもんがあるだろうに。ほんと、訴えられてもおかしくないレベル。何言ってるんだ、このド腐れ陰キャは。


 月森さんは顔をうつむかせ、ただただ耳を赤くさせてる。頭からは湯気が出てるんじゃないか、と錯覚してしまいそうになるほど悶えてた。


「あっ……がっ……! す、すみません……! よ、よよ、余計なことを……!」


「……ううん。実際、変なの観てたのは本当だから……。何も言えない……」


「い、いや、で、でも……」


「あとはもう、晒した恥が周りに広がらないよう、名和くんを私の家かどこかに閉じ込めておくしかないかなって」


「え、えぇ!?」


「まあ、それは冗談なんだけど……。ふふふ……」


 ほんとに冗談なんだろうか……。


 けど、正直なところよく考えてみたら、月森さんに監禁されるのもそれはそれで悪くはないかもしれない。


 色々身の回りのことをお世話してもらって……とか。って、いやいや。だから俺は何を考えてんだ。


「……でも、名和くん。これ、一つだけ信じて欲しいことがあるんだ」


「は、はい。何でしょう……?」


 疑問符を浮かべたところで、月森さんはその綺麗な顔を俺の方に近付けてきた。


 つい反射的に合わせて後退してしまう……が、うしろは壁。追い詰められ、俺はまた壁ドン……とまではいかないけど、その一歩手前みたいな状態に陥ってしまう。


「わ、私……大人向けのビデオ観てたのは観てたけど、決して家まで我慢できなくてついついとか、そういう変態的な理由で観てたわけじゃないんだ」


「は、はぁ」


「そうじゃなくて、あくまでも勉強。どんなものなのかなっていう勉強の一環で観てた」


「……勉強だから……教室でもいいか、と?」


「あ……。うん。そういう解釈でもいいかも。うん。いいね。保健の勉強してたんだ、私。だから誰にも文句は言わせない。居残り自習してました」


「……エッチな動画を観る……自習?」


「うん。エッチな動画をたくさん観る自習…………って、ちょ、ちょっと待って……」


 顔を俺から逸らし、瞬く間に朱に染まる月森さん。


 で、首を横に振って、そっと俺の方へと視線を戻す。


「わ、私の……勘違い? その言い方……す、すっごくいかがわしい気がする……」


 ダメだった。


 ハッとして、俺も急激に顔を熱くさせる。


 即座に謝罪した。変なオウム返しをして申し訳ない、と。


 月森さんは真っ赤な顔でわたわたしながらも、なんとか深呼吸して続けてくれた。ほんと、ごめんなさい。


「そ、そもそもね、そもそもだよ? この勉強っていうのは、絵里奈えりなから課せられたものなの」


「え、絵里奈……」


 あぁ、冴島さえじまさんか。月森さんの友達の。


「うん。絵里奈。あの子が、今日の昼休み言ってきたんだ。『下ネタレベルを上げてきなさい』って」


「は、はい……? し、下ネタレベル……?」


 こくりと頷く月森さん。


 少し恥ずかしそうではあったものの、あくまでも真剣だった。


「私、絵里奈から見て、あんまりそういうネタに強くないらしいんだ。だから、さらなる高みに登るために修行して来いって。由梨ゆり香苗かなえも言ってきた」


「え、えぇ……」


 何だよ、高みって……。少年漫画の見過ぎじゃないだろうか、あの人たち……。


「あ、あの、ちょっとお言葉だけど……いいですか?」


「う、うん。何?」


「これは……別に冴島さんたちに物申すとかじゃないんだけど……、そういうのって、なんか得意な人と得意じゃない人っていると思うんですよね。だから……その辺り、月森さんに無理させてるんじゃないかなって、ちょっと心配になったというか……」


「……」


「あ、べ、別になんか余計なお世話とかならいいんですよ!? 部外者なのに変に杞憂しすぎだし、月森さんの友人関係に首突っ込むなってんなら、それはもう本当にごもっともと言いますか――」


「ううん」


 月森さんは首を横に振った。


「杞憂しすぎとか、そんなことない。むしろ、ありがとって思う」


「え。……あ……」


「優しいんだね、名和くんって」


 浄化されかけた。いや、浄化したわ。


 にこりと微笑みながら「ありがとう」と俺に言ってくれる月森さん。


 もう、天使か何かかと思った。可愛いしかない。


 普段はクールで表情もほとんど崩さない彼女が、こんな顔を俺に向けてくれるなんて。


 さっきも言ったけど、俺、本当に今日死んでもいいかも。人生の幸福をここで一気に解放されてる感ある。最高に素晴らしい。生きてるって素晴らしい。


「無理はしてないんだよ? 無理はしてないんだけど……ちょっとよくわからないんだよね。色々」


「わからない……ですか」


「うん。なんか、その…………え、ええっと」


「……?」


「な、名和くん、LIMEしてる? 友達なろ?」


「へ……!?」


 い、いきなりだ。何なんだ? どういうことだ?


「あっ。そ、そか。学校で使っちゃダメだから、もしかして持ってきてないとか……?」


「い、いえ! あ、あります! 持ってます! ちょ、ちょっと待ってて!」


 言って、俺は小走りでロッカーに行き、カバンからスマホを取り出した。


 で、月森さんのところまで戻る。


「LIMEも……やってます。け、けど……な、なぜに交換を? 俺なんかのLIMEなんて……」


「……チャットで送んの。動画観てて……わかんなかったこと」


「な、なんで……?」


「なんでって……」


 言いながら、月森さんは顔を手で軽く隠し、恥ずかしそうにする。


「自分の口だと……ちょっと言いづらい言葉……使うから」


「――っ! あ、あぁ……! あ、あぁぁぁぁ……!」


 なるほど。なるほどねぇーっ!


 赤面しながら教えてくれる月森さんを見て、俺にもその羞恥心が伝播する。


 顔を熱くしながら、速攻でLIMEの友達登録QRコードを開いた。


 そして、それを月森さんに差し出す。


 事情はわかった。これを使って俺を友達登録してくれ、と。


「……ありがと。登録して……さっそくさっきの動画観てわかんなかったこと、送る」


「りょ……了解であります……」


 ドキドキしてた。


 月森さんが俺なんかを友達登録してくれたって事実にも胸が高鳴るけど、それ以上にどんなものが送られてくるのか想像がつかなかったから。


 健全な俺、男子高校生の頭の中では、次々と卑猥なワードが浮かぶ。


 あの言葉を月森さんが!? とか考え出すと、もうダメだ。母さんの顔でも思い出して、鎮めるところをところを鎮めないといけなくなる。




 ――ライムッ♪




 き、キタッ!


「お、送ったよ……」


 ぎこちなく恥ずかしそうな顔をして、送りました報告をしてくる月森さん。合点承知だ。


 俺は速攻で血眼になりながら月森さんとのチャットルームを開く。


 すると――




『男の人って、どうして女の人に胸で●●●●●擦られるのが気持ちいいのかな……なんて』













 ……ビッグバンが起こった。


 俺の中で、でっかいでっかい、ビッグバンが。

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