第3話 割とハードなやつ

 ――翌朝。


スマホアラームの強烈な騒音に無理やり起こされた俺は、二時間ほどしか寝てない圧倒的睡眠不足な状態で、よろけながら一階のリビングへと下りた。


「あ。お兄、おはー……って、えぇ!? すっごいクマできてんですけど!?」


 席に着き、目玉焼きを口に運んでた妹の千早ちはやと顔を合わせるや否や、速攻でびっくりされた。


 そんなにヤバいか? と、近くにあったメイク用手鏡で自分の顔を見てみる。


 あぁ……なるほど。確かに自分でもわかるくらいくっきり出てるわ。クマ。


「え。なになに!? どしたん!? アニメ一気見でもしてた!? でも、夜お兄の部屋静かだったじゃん? 何してたん?」


「何してたんって、それは……」


 憧れのクール美少女とドギマギしながら朝方までアダルトな話(LIMEでやり取り)してた。


 そんなこと、正直に言えるわけがない。


 顔が熱くなるのを実感しつつ、俺は「いや」と首を横に振る。


「べ、別に何でもない。消音状態でゲームしてた」


「うわっ。その反応っ。ねぇ、お母さん! お兄、昨日の夜ずっと一人でエッチなゲームしてたんだって!」


「し、してないわ! してない!」


 速攻で否定するものの、母さんはキッチンからニヤニヤした顔で俺を見つめ、「へー」と千早側についてる模様。


 くそっ。何もやましいことなんてして……ない……ことはないのか……? あ。いや、でもエロゲはしてないし……。うん……。


「ち、ちくしょう。世間はいつだって俺に冷たい。そんで出来上がってる朝飯も冷たいっ」


「それはアンタが早く起きてこないからでしょー?」


 母さんの正論に歯ぎしりするしかない。


 ぐぬぬ状態で座り、俺も目玉焼きに手を付けた。……冷たいけど、美味いのは美味いな。


「でもさ、お兄。最近わかったんだけど、エロゲとまではいかない美少女ゲーでも世間の風当たりって強いんだね」


「ん? 何の話だよ?」


「友達に勧めてみたの。アタシの好きな美少女ゲー。そしたらさ、みんな『そりゃないわ』って顔すんの。『キモオタかよw』って(涙) ひどくない?」


 泣き顔を作りながら訴えてくる千早だが、そんな妹に対し、俺はため息をつく。


「そんなの当たり前だろ。お前の友達とか、美少女ゲーの魅力全然知ろうともしないギャル系ばっかじゃん」


「でも、アタシだって割と見た目は同類だよ? なのに結構お兄から勧めてもらったゲームやってるじゃん?」


「千早も最初は俺が勧めても『えー、こういうのが好きなんだ(笑)』とかバカにしたような顔で言ってた。同じだって」


「んぇぇぇ? でもぉぉぉぉ~……」


「そういうのは、やってみてやってみて、じゃなく、自分からさりげなくゲームの魅力を伝えていくのが大事だな。俺は日常会話から【恋すべ(恋すべきメモリー)】のセリフを織り交ぜてお前と話してた。で、結果的に千早は興味を持ったわけだ」


「あぁぁ~、主人公くんのあのちょー鈍感セリフかぁ~」


「そうだ。だから、こういうのは地道な努力が必要ってわけだな。布教は楽じゃないんだよ」


「うぅぅぅ~……」


 悶え苦しむかのように呻き声を上げる千早を尻目に、俺は食べ終わった朝食の食器をキッチンまで持って行く。


 母さんと相対すると、なぜかジト目ニヤケ顔。何だよ、何か言いたげだな……。


「自分の妹にエッチなゲームをさせるとは、お主、なかなかやるわね」


「させてないから。やらせてるのはあくまでも非エロだから」


「はは~ん。じゃあ、自分がやってるのはエロなのね」


「っ! も、もう学校行く!」


「ふふふっ。いってらっしゃ~い」


 うちの親はたぶん世界で一番バカだ。


 どこ探したら実の息子にエロゲがどうとか言える母親がいるんだよ。


 しかも、『妹にエッチなゲームやらせてるんだw』って……。


 もしそれが本当だったらヤバいんだから、からかう前に止めるような姿勢で来いよ。どう考えてもヤバいだろ……。


 寝不足と心労の二重苦。


 制服を着て、カバンを手に取り、玄関を出たタイミングでため息をついた。


 が、ここでへばってる場合じゃない。


 今から学校に行けば、月森さんと顔を合わせる。


 チャットで朝方まで散々凄まじいやり取りをしてたからな……。


 俺、彼女の顔を見た途端、恥ずかしすぎて気を失うかもしれない。


 それくらいヤバかったんだ……。エロ同人誌の用語解説とかやらされて……。


「だ、ダメだ……! 思い出すな、俺……! 死ぬぞ……!」


 独り言ち、自分で自分の頭を叩く。


 ちょうど前を通りすがったおばさんに恐ろしいものでも見るような目で見られたが、関係ない。


 深呼吸し、歩き出した。もう、なるようになれだ。






●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●






「はよ~」

「おー、おはよー」

「暑くね?」

「それ。もう夏だよなー。おはよ」

「でさー、●●が~」


 遂に辿り着いてしまった学校。我が所属クラス。一年B組の教室。


 朝のホームルーム前、今日も今日とて楽しそうにしてるクラスメイト達の会話を適当に耳に入れつつ、俺は好きでもない教科書を読むふり。


 チラチラと教室全体を見回してみるのだが、月森さんはまだいない。


 いつもならもういるはずなんだけど……どうしたんだろう?


 まさか、昨日の俺のチャット内での発言がキモすぎてショック休み……とか?


 そ、そういうことだったらマズすぎるんだが。キモくならないように神経尖らせながらチャットしてたはずだったんだけど、俺なんかが努力したところで無駄って可能性も全然あるわけで……。


 あぁぁぁ……ど、どど、どうしようどうしようどうしよう。


 ――と、死ぬほど不安になってる矢先のことだった。


「あ……!」


 うしろの扉から月森さんが教室に入って来た。


 ただ、その足取りはあまりにも不自然。そそくさと下を向きながら歩き、速攻で自分の席に着いた。


 遠目だし、顔は見えづらい。……けど、どことなく耳とかが赤くなってる気がする。様子が変だった。


 友達が周りに寄って来ても、いつもみたいに話を始めるとかじゃなく、あくまでも座りながら下を向いたまま。


 ドクドクと心臓が鼓動を速める。


 これは……本格的に俺がキモかったせいかもしれない……。


 絶望だった。


 始まったホームルームも、担任の話がまったく耳に入らないまま、一限前の空き時間。


 俺は抜け殻のようにボーっとしてた。


 月森さんの昨日のアレは全部罠で、キモい俺をからかう要素が欲しかっただけかもしれない。陰キャ男を釣ってみようぜ? 的な。


 あぁ……だったら、これから俺は陽キャ女子さんの間で性犯罪者予備軍的な扱いを受けるのかもしれない……。


 そりゃそうだよな……。いくら何でも調子乗り過ぎたもの……。


 あんなに透き通ったような可愛さと綺麗さとカッコよさを持ち合わせてる月森さんがエッチなビデオなんて放課後に一人で観るなんてこと、あるはずがないもの……。


 詰んだ……俺の……学校生活……。


 粛々とどうやって死のうか考えてる矢先のことだ。


 不意にポケットに入れてたスマホがバイブする。


 スイッチが入ったかのように俺は速攻でスマホを取り出し、画面を確認。


 すると、だ。




 月森 雪妃:『昨日は色々付き合わせてしまってごめんなさい』




「――!?!?!?」


 月森さんからのLIME!!!


 ま、待て、彼女は今どこから!? 教室にいないが! ま、まあいいや!


 ドキドキと苦しいほどに心臓が跳ねる。


 すぐに謝らないと、と俺は文字を高速で打ち込み、送信した。キモいことばかり言って申し訳ない、と。




 月森 雪妃:『そんなことないです。むしろ気持ち悪いのは……私の方……だったかも』




 いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや!!!


 決してそんなことはない。その場で高速横首振り。


 全然気持ち悪くない。むしろご褒b――じゃなく、気になるのは当然の年齢だもの! おかしなことじゃないです!


 ……って送ったけど、なんかこれもこれでキモい気が……。


 脳内でエロ同人誌に出てくる変態おじさんが頭をよぎる。


『げへへ。エッチなことに興味津々な歳頃だもんなぁ……ぐひひっ』とか言って……。あぁぁぁぁぁぁ、またしても俺はなんてことをぉぉぉ!


 頭を抱えてると、だ。


 ピロン♪ と返信がくる。




 月森 雪妃:『名和くんがそう言ってくれると気が楽になる。ごめんね、ありがと』




 おぉぅふぅ……。こ、こんな返しでもよかったのか……。


 九死に一生を得た思いになり、額の汗を袖で拭う。


 よ、よかったぁ……嫌われてないみたい。




 月森 雪妃:『それで……そんなこと言っときながらなんだけど……またお願いがあるんだ。いいかな?』




 ん? お願い? 何だ何だ?


 全然オッケーです、と返す。


 すぐに月森さんからまた返信がきた。




 月森 雪妃:『昨日は、夜、漫画から勉強したよね?』


 俺:『うん』


 月森 雪妃:『今日は……ゲームで勉強したいな、と思って』




 ゲーム……? え、もしかしてそれってエロゲ?


 小首を傾げてると、唐突に画像が送られてきた。


 ん。これは……。


「ブッッッッ!」


 つい吹き出してしまった。


 送られてきた画像には、俺がよく知るエロゲのパッケージが映ってたのだ。




 月森 雪妃:『今日は、これで勉強したい。いいかな?』


 俺:『いいですけど』




 で、でもなぁ……この作品はなんというか……。


 悩んでしまう。なぜならこの作品、【セルフィーズド・コロシアム】は、堕ちもので、人によっては脳を破壊されたりする。胸糞展開もあるのだ。


 月森さんは、昨日のチャットのやり取りでも思ったけど、すごく純粋なんだ。これをプレイして脳を破壊されるなんてところ、俺はあまり見たくない。見たくないんだけど……。




 月森 雪妃:『これ、すごく勉強になるみたいで。ネットでも何かに目覚めましたってたくさん書かれてたんだ。私も学びになるかと思って』




 いや、その『何かに目覚めました』ってのは明らかに月森さんが思ってることと違ってる。


 いやぁ……これは……。




 月森 雪妃:『ダメかな?』




 ぐっ……。ダメじゃない……ダメじゃないんだが……。


 懊悩してるところ、可愛らしい猫がシュンとしてるスタンプを送って来られる月森さん。


 なんかもう、そこまで押されると了承するしかなかった。


 いいや。ヤバいシチュになるルートを回避できなくもない。一応俺はプレイ済みだし、どうにかこうにか頑張って脳破壊されない安全な道を提示してあげよう。頑張るぞ。


 心の中で気合を入れ、俺は了承したことを伝えた。


 で、だ。問題はこのゲームをプレイする場所なんだが……満喫とかになるんだろうか?


 その辺りのことも月森さんに問うてみた。すると――




 月森 雪妃:『私の家でやりたい。いい?』




 !?!?!?!?!?!?!?!?!?!?


 思わずその場で体をビクつかせる俺。


 う、嘘だろ……。ほ、本気ですか、月森さん……。


 再度問うてみると、




 月森 雪妃:『うん。私んちでやりたい』




 とのこと。


 な ん だ こ れ。


 俺はその場で爆発しかけるのだった。


 憧れの女の子の部屋でエロゲプレイ。


 バタリ、と。前のめりで机に突っ伏し、俺はしばらく放心状態になった。

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