クラス一のクール美少女が放課後の教室でこっそりAV鑑賞してるところ見たら詰んだ

せせら木

第1話 クール系美少女の観てたモノ

『中学、高校時代の思い出は何ですか?』


 そう問われた時、皆はどう答えるだろう。


 好きな人と恋の駆け引きをしてた時? それとも、部活帰りに友達とバカ話しながら帰ったこと? それともそれとも、勉強、運動、自分磨きに精を出したこと? 各種イベントを頑張ったことだったりするんだろうか?


 ハッキリ言おう。


 俺――名和聡里なわさとりには、そういった類のポジティブな思い出が一切ない。


 いや、正確に言えば、まだ高校一年だから、高校生での思い出はこれから作るチャンスがあるのかもしれない。


 けど、残念ながらその可能性は限りなく低いのだ。


 中学生の頃からドが付くほどの陰キャラで、友達はおらず、部活は幽霊部員になることを許してくれそうな科学部に入り、三年間青春を謳歌することなく過ごした。


 その間の涙が出そうな陰キャエピソードなら山のようにあるけど、今は置いておくとして、高一になった今でもクラスメイトとは上手く馴染めず、影が薄すぎて浮くどころか沈む始末。


 前とかも、ほんと困ったよね。


 休み時間、トイレに行って帰って来たら、陽キャ女子グループが俺の席を占領して盛り上がってんの。


 椅子に座るとか、そういう次元じゃない。


 椅子に座ったうえで、俺の机に紙を広げ、「●●と誰が相性いいかあみだくじー!」とか言って、鉛筆で線書きまくってたわけだ。


 もう、どうしていいかわからなかった。


「あ、そ、そこ、俺の席なんですけど……」


 とか言ったところで、今盛り上がってんのに空気読めない奴、とか思われて舌打ちされて、学校生活がさらに灰色になるかもしれない。


 かと言って、


「お! 楽しそうジャーン! へい、俺も混ぜてくれYО!」


 とか言っても、それはそれでどうなんだ? と思う。


 陰キャがイキって陽キャになりきろうとしたところで、それは痛々しい以外の言葉が出てこない。


 俺に残された選択は、ひたすら彼女らが退くのを待つことだけだった。


 用も無いのに、廊下をうろうろ。席の様子をチラチラするしかない。まさに地獄だ。変に動いてたら、それはそれで目立って、周りの人たちから「何してんだアイツ……」みたいな目で見られるのに。


 一言に、泣きそうだったよね。


 以降、俺はよっぽどのことが無い限り、教室での授業と授業の合間の休み時間には、席を立たないことにした。寝たふりだ。席奪われちゃうから。


 ただ、そんな中でも希望は一筋だけあった。


 そうやって俺の席を占領してた陽キャ女子グループの一人。月森雪妃つきもりゆきひさんだ。


 彼女は、そのグループの中でも一際美人で落ち着いてる、いわゆるクール美少女というやつだった。


 艶やかな黒髪ロングに、まつ毛の長い切れ長の綺麗な瞳。整い過ぎてる顔。平均よりも少し高いくらいの、スラッとした身長から織りなすスタイル。あまり着崩されていないブレザーと、それとは対照的な少し短めのスカートがスタンダードな女子だ。


 彼女をちょっとだけ、チラッと眺めることが俺の趣味。


 気持ち悪いのは自分でもわかってるんだが、そう頻繁に眺めるわけじゃないから許して欲しい。


 見ても……そうだな。日に三十チラリーするくらいだ。許容範囲だと思う。本人にも今のところ気付かれてないみたいだし。


「よし。ならまあ、こんなもんかね。悪かったな、名和。掃除当番とはいえ、放課後に去年の卒業式資料の処分手伝わせてしまって」


「いえ……。別に、時間はあるんで」


 こうして、余計な仕事を断れずに請け負ってしまった時のためでもある。月森さんをチラリーするのは。


 陰キャは流れ弾を受けやすいからな。


 急遽仕事を頼み込んでも断られないと踏んでるんだ、皆。だから、こうして担任の教師であろうと、俺に仕事を持ってくる。


 本来なら教室の掃除だけで帰れてたところなのに、何が悲しくてマッチョ担任教師の榎本えのもと先生と二人きりで空き教室に居なきゃならんのだ。


 しかも、仕事は去年の卒業式資料の処分って……。


 やめろ。やめてくれ。卒業生たちの眩しい写真や青春感あふれるQ&Aを見せられるとか、俺にはほんときつい。拷問に近い。月森さんをチラリーして集めた三十もの癒しポイントがあったとしても、それを超えてくるストレス量だ。活動限界に陥ってしまう。ロ●ギヌスの槍が顔面にぶっ刺さるくらいの衝撃。あ、あぁぁぁ……!


「ん? どうした、名和? そんな顔を抑えて」


「あ。いえ、何でもないです」


 見てやがったか、マッチョ担任榎本め……。


 危うく完治しきっていない厨二病リアクションがバレるところだった。


 すぐさま背筋を伸ばし、何もしてなかった風を装う。ふぅ。危ねぇ。


「ははっ。疲れてるんだろ。体育祭も終わって、六月ももう残すところわずかだもんな」


「まあ、そうですね……」


「しっかり青春して、思い出作っとけよ? 学生時代なんて、ほんとあっという間だからな」


「は、はぁ……」


 それを俺に言うか、と思うものの、苦笑してノリを合わせておく。


 先生、残念ながら俺にキラキラの青春なんて送れそうもないです。


「けど、勉強もしなきゃなんだけどな。もう少しで期末テストだ。早いうちに準備しとけよ~?」


「は、はは……。頑張ります……」


 適当な会話をし、俺は榎本先生と別れ、空き教室を後にする。


 時間も……いつもより一時間ほどロスしてた。ちくしょう。帰ってすぐにでもゲームしようと思ってたのに。


「……ま、いっか。とりあえず教室にカバン取り行って、早いとこ帰ろ」


 独り言ち、俺は足早に所属クラスである一年B組の教室を目指すのだった。






●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●






 さてさて。


 面倒ごとに巻き込まれはしたものの、教室が見えてきた。


 この時間帯だ。恐らく教室には誰もいないだろう。


 クラスメイト達も皆もう部活か、教室を後にしてるはずだ。


 そう思い、辿り着いた教室の扉に手を掛けようとした時だった。


「――!?」


 ……う、嘘……。いますやん……人……。しかも、あれ……。


 複数人ではない。


 たった一人で席に座り、スマホ画面をめちゃくちゃ凝視してる女子のシルエット。


 月森さんだった。月森雪妃さん。


『なんでこの時間に一人で教室にいるんだ、あの人? 誰か待ってんのかな?』


 心の中で呟き、頭上にはてなを浮かべまくる。


 珍しい。いつも放課後は例の陽キャ女子グループの方々と共に帰られてるのに。今日は一人で。


「……っ」


 けど、今はもうジッと観察してる場合じゃない。


 バッグを取って、早いところ帰りたいんだ。


 彼女が一人でいるところ、いきなり入室するのは緊張するけど、仕方ない。入ろう。


 少しばかり勇気を振り絞り、俺はガラガラと戸を開ける。


「――っっっっっ!?!?!?」


 すると、月森さんはすぐさまこっちを向き、スマホから顔を上げた。よく見るとイヤホンを耳に付けてる。何か聴いてたのか?


 しかし、すごい表情だ。彼女のあんな動揺フェイス、未だかつて見たことがない。ちょっと俺も怯んで一瞬歩を止めてしまった。すぐに再び歩き出す。


「み、み、みみ……見た……!?」


「へ……?」


 な、何だ? なんか声掛けられた。


 今、彼女なんて言った?


「え、えーと…………す、すみま……なんて……言いました?」


「ち、違っ……! こ、ここっ、これっ、ちちち、違くて……!」


 何だ何だ? 何事だ?


 月森さんはブンブン首を横に振りながら、顔を真っ赤にさせていく。


 何度も言うが、いつもの彼女からは想像できない動揺の仕方だ。


 いったい何があったってんだ。俺、やっぱ入っちゃマズかったのか?


「あ、あの……」


「違うっ! これは勉強のために仕方なく!」


「へ……???」


 勉強? 何のことだ?


 訳が分からず、ぼんやりと月森さんを見つめる俺。


 が、彼女はまたも首を懸命に横に振り、今度は手も一緒に横に振り出した。


 その拍子だ。




 ぶつっ。




 イヤホンがスマホから外れ――






「あんあんっ♡ あぁぁぁぁっ♡ しゅごいのっ♡ お●ん●んしゅごいのっ♡ ズンズンしてぇ♡ もっとズンズンきてぇぇぇぇぇぇ♡♡♡」






 俺はもう、そこから先、どうやってリアクションしたのか、まるで覚えていなかった。


 覚えてることと言えば、一つ。


 さっき空き教室で見た、卒業式書類の中の問いかけだ。


『中学、高校時代の思い出は何ですか?』


 今ならこの問いに答えられる。


 間違いなくこの一瞬だろう。


 クラスメイトのクール美少女である月森さんが、放課後の教室で大人向けビデオを鑑賞なさってたところに出くわしたこと。


 それで確定だ。

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