隔意

 時間:牛丼屋さんが混んでたから、12時くらい。

 場所:牛丼屋さん。どこかは忘れたけど、チェーン店。


 出来事:ごはんを食べた。美味しかった。



 彫像を鞄に入れて、僕と柴田さんは近場の牛丼屋さんに駆けこんだ。

 ちょっと焦ってた。

 僕は「きもちわる」とか「これで依頼終わりやったー!」とかそんな気持ちだったけど、柴田さんはそうじゃなかったらしい。

 ヤクザに殴られた頬を抑えるのもやめて、その彫像を見て。

 そんでもって、彫像を取り出そうとした僕の手を掴んだ。


 なんでかは教えてくれなかった。

 今は分かる。

 ただ、彫像を鞄に入れたのは、柴田さんだった。


 柴田さんは何も頼まなくて、僕はチーズ牛丼におしんこのセットを付けた。

 珍しく柴田さんが奢ってくれた。

 すごい額を貰えたから当然だよね、って。僕も上機嫌だった。


 でも、食べ終えた瞬間に「もう関わるな」って言われた。


 今思えば当然の対応だけど、その時の僕は、捨てられたイヌみたいな顔したと思う。

 イヌって可愛いよね。でも僕は可愛くなかったみたい。

 なんか、柴田さんが朝にやって笑った時と一転して、ずっとマジメな大人ですって顔で、理詰めして僕を追い出しにかかった。

 学校に行けとは言われた事あるけど。

 もう来るな、なんてハッキリ言われたのは初めてだった。

 この情報がいらないのは分かってるけど、腕が勝手に書くから、止められない。

 とにかく。

 喧嘩別れって感じに、別れた。

 柴田さんのトレンチコートを返さなきゃいけないんだけど、返せなかった。

 この記録を書いてる今でも、僕が羽織ってる。

 もうタバコの匂いもしない。潮の香りだけだ。

 どうでもいい。


 僕はそのまま家に帰った。

 なんて事はしなかった。

 牛丼屋さんを出て、近くの路地裏にかくれた。

 店を出て行く直前で、柴田さんがスマホを取り出したのを見たからだ。

 誰かに連絡するつもりかもしれないと思って、その客を待ち構えた。あるいは、柴田さんが店を出るのを待った。


 相手が香織さん……依頼人だったら、報酬を独り占めしようとしたんだって僕は納得して帰ったと思うのだけれど。

 来たのは、ぜんぜん知らない人だった。

 想像よりずっと早く、本当に、僕が待ち構えて二十分くらいで来たから、普通に観光客だと思った。それでも目立つ人だった。


 すごく顔が良い、黒人。

 なんていうか、どんな表現もできないくらい、顔が良かった。

 服装も思い出せないほどの美人。多分……男性、

 人間に美しさの限界があるなら、その黒人はそれを越えてたと思う。

 どんな夜景よりも深い綺麗な黒い肌で。

 白い歯がにかって笑って。

 僕に微笑みかけて牛丼屋さんに入っていく。

 漏れ聞こえた声は、「柴田さん」って綺麗に呼びかけてた。


 柴田さんは呆れた声で「今回は関わってねぇよな、ニャル」って返した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ある死に損ないの探索記録 @syusyu101

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ