喧嘩

 時間:お昼前。多分11時くらい。

 場所:駅。何駅かは忘れちゃった。ごめん。こういうのが重要なのにね。


 出来事:柴田さんが殴られた。怖かった。



 依頼人の香織さんが変な感じに消えたけど、この時の僕と柴田さんは、ぜんぜん、全く気にしてなかった。

 というか、貰ったお金でうひょー! ってなってた。

 柴田さんは新しい普通のコートが買えるって喜んでて。

 僕は焼き肉屋さんを奢ってもらう事を約束した。あとゲーム機のコントローラー。柴田さんの事務所には、一人用でコントローラーが一個しかなかった。

 どうでもいいね。


 んで、僕と柴田さんは調査に動き出した。

 といっても、そんなに時間はかからなかった。

 僕がコインロッカーの鍵に書いてる数字とか駅をネットで調べて。

 柴田さんはおひげそって。

 そんでセーラー服が目立つからってトレンチコートを貸してくれた。タバコの匂いがした。良い匂いだった。でも柴田さんは寒そうだったから、複雑。

 この情報もいらないね。


 ネットってすごい。

 それか、僕がすごいか、柴田さんの検索能力が原始人。

 鍵についてるタグだけで、駅もロッカーの番号も分かっちゃった。

 思い出した。武蔵小山駅だ。

 ……今あの場所残ってるかな。まぁいいや。残ってたら参考にして。

 場所が分ったら、後は行って、開けて、中身を依頼人さんに渡すだけ。

 楽な仕事だと思って、電車に並んで座る時もウキウキだった。そういえば、やけに人が少なかった気がする。


 で、着いた。

 件のロッカーの前に、ヤクザが居た。

 三人。

 二人は覚えてないけど、一人は深く関わる事になったから、覚えてる。


 名前は隆文さん。

 隆って文字が入ってるのに、大分細い、インテリヤクザって感じ。

 スーツに眉間に皺に、いわゆる黒服で灰っぽい髪がオールバック。多分若いけど、柴田さんより老けて見えた。

 そういえば、横の二人は厳つい柄物のシャツだった。

 その三人の真ん中で黒服、そんで中華マフィアみたいな眼鏡だったから、最初からキャラ濃いなってちらちら見てた。

 そしたら。


「目合わせんな。銃持ってる」


 って、柴田さんが耳打ちしてくれた。

 良い声だったけどそんな事はどうでも良くて、たしかに、ほっそりしたスーツの胸の部分が膨らんでるように見えた……かな、当時の僕が気付いてたかは分からない。


 とりあえず、関わり合いにならないように、柴田さんがロッカーに近づいた。

 四角いちっさい奴だ。

 僕はできるだけ離れた所で待つように言われてたけど、心配だったから、ダッシュすれば届く距離に居た。

 そしたら。


 うん、出来事。

 柴田さんが殴られた。

 そのロッカーに手をかけた所で、柄物を着たヤクザ二人に。

 僕は頭がカッってなって、ダッシュして近付いた。

 その時の事はハッキリ覚えてない。

 でも、その後刑務所に入ってないから、多分観客は少なくて通報もされなかったんだろう。それがどうしてかは、僕たちは解き明かしてない。


 柴田さんが気絶して、僕が黒服の一人……隆文さんを殴り倒した所だけ覚えてる。

 柴田さんはこういう時役に立たない。カッコ悪いけど嫌いじゃない。


 そういえば、大事な事言ってた気がする。

 思い出した。


「テメェが教団の運び屋か」


 って、たしか隆文さんが気絶する寸前に言ってた。

 話を聞く前に殴り倒しちゃったから、この時は聞いてなかったんだ。僕。

 その後、隆文さんを抱えて柄物二人も逃げたから、うやむや。


 柴田さんは僕におうふくビンタされて起きて、お礼も言わなかった。

 でも大きなケガはしてないみたいだったから、良かった。

 とにかく今は依頼を終わらせて、その後ヤクザの知り合いに聞こうって話になって。

 柴田さんがロッカーを開けた。

 中に入ってたのは、木の彫像。


 形状は――――首に鰓のついた、赤ん坊。


 そもそも彫像じゃなかった、なんて。

 さっさと捨てろ、なんて。

 この時の僕に、あるいは柴田さんに言えたら、とか言うのは、不要な情報だね。

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