最高の朝
時間:テレビで天気予報をやってたから、七時くらい。
場所:柴田探偵事務所。住所は覚えてないけど、目黒線沿いの商店街のどこか。
出来事:依頼人が来た。受けなければよかったのに。
僕は学校に行きたくなくて、セーラー服のまま柴田さんの事務所に押し入ってた。
柴田さんはかっこいい男の人だ。
本人は一人称が「こんなおじさん」で、自分のトレンチコートも「気取りすぎてダサい」とか、たばこも「健康に悪いから真似すんな」とか、「お前みたいな女子高生と四十のおっさんが並んでたら、事案だろうが」とか言ってたけど、そんな事ないと思う。
嘘、ちょっと思う。
でも、僕にとってはかっこいい男の人だった。
こんな事を書いても意味ないよね。うん。来た依頼人の話だ。
僕は真昼に女子高生が部屋に居たらまずいって言われて、ロッカーに隠された。
汚い事務所の中で、応接のソファとガラスのテーブルだけは綺麗。
灰皿の中身も、チャイムと一緒に僕が捨てた。そのまま灰皿もってロッカーに入れられた。嫌だった。
ロッカーの中から、ソファに座るその人を見た。
女の人。
名前はたしか、香織。
長くて赤いコート。派手な格好だったけど、元々の顔がよくてあんまり派手って思わなくて、むしろ似合うって思った。
茶髪のロングヘアー。少しカールしてて、口紅も濃い。
気が強そうで、要するに、柴田さんが好きになるタイプの女の人だった。
「娘の遺品を探しています」
一言目がそれだった。
若く見えたけど、娘さんが居るらしい。
柴田さんはただでさえ皺が多いおでこを、もっと嫌な感じに皺皺にした。
依頼人、香織さんはそんな反応を無視して続けた。目も声も冷たかった。
どんな風に話したかは思い出せない。
でも、中身は分かりやすかった。
・娘の「香澄」が自殺した。
・その遺品が、どこか目黒線の駅のコインロッカーに入ってるらしい。
・それを探してきてほしい。
なんていうか、僕は柴田さんじゃないからハッキリ言えないけど。
香織さんの声は、娘さんの自殺を悲しんで感情を押し殺してる感じじゃなくて、本当にこう、めんどくさいというか、ビジネスというか、仕方なくというか、そんな感じの冷たさだった気がする。
多分、その遺品にしか興味が無かったんだと思う。
思い返せば、それもそうだよね、ってなる。今なった。
受けなければよかったのに。
柴田さんは二、三個質問してから、依頼を受けた。
質問内容は遺品の特徴とか、駅の心当たり。連絡先とか、あとそもそもの鉄道会社に連絡したのか、とか。
そうしたら、香織さんは封筒を柴田さんに渡した。
封筒の中はそのコインロッカーの鍵と、なんかすごい分厚い札束。
それまで皺皺だった柴田さんのおでこが、びっくり仰天って感じになった。
いつも不満そうな顔の柴田さんしか見てなくて新鮮だったから、僕はずっとその顔を見てた。でも、なんでこの時香織さんの方を見てなかったのか、って今でも思う。
柴田さんが封筒から目を放して、香織さんに声をかけた。
僕もつられて、視線を香織さんに戻した。
香織さんは居なくなっていた。
扉が開く音も、ソファから立つ時の軋む音も無かった。
僕はてっきり、柴田さんが金額に驚きまくって気付かなかっただけで、僕が柴田さんに見惚れてたから気付かなかっただけだと思ってた。
でも。
思い返せば、それもそうだよね、ってなる。今なった。
柴田さんは封筒に札束を戻して、こほんと咳払いして。
「矢口、最高の朝だな」
って言って、にやりと笑った。
……筆圧強くなってごめん。あの人の笑い方を思い出すと、つらい。
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