ある死に損ないの探索記録
村山朱一
序文
書きたくない。
でも、書かなければ人が四人とイヌが一匹死ぬ。
人間だけなら、まだ書きたくないって泣きわめいて、この洞窟の中で一人死んでいったって良かった。
でもイヌが居る。
イヌは、四人の中の一人に懐いている。
そう思うとなんだか泣けてきて、本当に、筆が震えて申し訳なくなってくる。
こんな性格に生まれたのを呪う。
でも、まだ良い。
涙が出る内はまだ良い。
僕たちの時、柴田さんは笑いながら死んだ。
涙が出る内は、僕はまだ正気で。
正気だから、イヌ一匹とそれに懐かれた一人のために、これを書かなきゃいけない。
かといって何を書けばいいか、分からない。
分かるけれど、分かろうとすると、気が狂いそうになる。
今いる場所を書けばいいのかな?
潮の香りでいっぱいの、吐き気が止まらない薄暗闇。
ランタン一個の灯りしかない、ごつごつしてジメジメした、洞窟の奥だ。
ダメだ。こんな情報はイヌの役にも立たない。
ここに来た経緯は? これも意味が無い。
時間はどうだろう? これは役に立ちそうだ。
あとは出来事と、場所と、思い出せる全てを書こう。
成功例とか解決策も書ければ良いけど、僕たちは失敗ばかりしたから、何も参考にならない気がする。書けたら書こう。書けないと思う。
あぁ、その前に、自分の事を書いておこう。
書かないと信用してもらえない。
信用が無くなった時、人間は怪物以前に人間に殺されてしまうんだ。
僕は僕の名前と、人となりを書かなくてはいけない。なりって形って書くんだったかな。いや、そんな事こそどうでも良いだろう。
僕の名前は矢口。
このノートが濡れているのは、洞窟の湿気と、僕の手に生えた鱗が悪い。
人はともかく形は醜悪だから、書かない。
どうせ、君たちがこのノートを読んだ時……僕はもう、僕じゃないだろうから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます