第43話 VS暗界の吸血鬼




 俺が助けに入る、数分前――――




 俺はボス部屋の片隅で気配を消しながら琴美の戦闘を見届けていた。

 一度忠告を断られた手前、まずは一人で戦ってもらうべきだと考えたからだ。


 しかし戦況は予想通り、琴美の劣勢に傾きつつあった。


『ふはは! 見てください主様! 主様の忠告を断った愚か者が、今にも力尽きそうですよ!』

「……だな。じゃ、そろそろ助けに行くか」

『え? このまま見殺しにするのではなく?』


 何かを言っているグラムを無視し、俺は琴美のもとに駆けだした。

 このタイミングなら、助けても特に文句は言われないだろう。


 俺は暗界の吸血鬼ナイト・ヴァンパイアの硬質化した腕をグラムで受け止めた後、琴美に告げる。


「お前がいらないんだったら、アイツは俺がもらっていいか?」

「あなたは……! もしかして、助けに来てくれたの……? 私はあなたに、あんなひどいことを言ったのに……」


 その問いに対し、俺は迷うことなく答えた。



「いや、普通に戦闘開始時点からずっといた」

「……は?」



 先ほどまでの感動的な様子はどこへやら、琴美が間抜けな表情を浮かべる。

 ツッコミを入れてやりたいところだが、そうできるだけの時間的余裕はない。


「話は後だ、まずはさっさと敵を倒さないとな」


 俺の呟きを聞いた美琴が、ようやく遠い世界から返ってくる。


「ま、待って! いまアイツは冥王化っていう強化状態なの! あと数分でその状態も終わるはずだから、まずは時間稼ぎに徹するべき――」

「何を言っている? だから早く倒す必要があるんだろ」

「……え?」


 琴美は理解できないと言いたげに目を細める。

 どうやら彼女程度では、まだまだこのレベルの話は分からないらしい。


 仕方ない、せっかくの機会だし教えてやるか。


「相手のレベルが高い方がやりがいがあるし、貰える経験値も高くなる。冒険者として生きるなら、そこを楽しんでこそだろう」

「……冒険者? 探索者シーカーじゃなくて?」


 おっと、つい前世時代の名残が出たか。

 まあ特に気にすることの程ではないだろう。


「では、そろそろ始めるか――暗界の吸血鬼ナイト・ヴァンパイア

『ギィィィァァァァァ!』


 俺の殺気に反応するように、暗界の吸血鬼ナイト・ヴァンパイアが雄叫びを上げる。

 すると周囲にいたコウモリたちが、一斉に俺へと襲い掛かってきた。


「ふむ、まずは雑魚の殲滅からか。いいだろう――術式・並列展開」


 俺は目の前に、かつて先輩探索者との決闘で使用した(名前は忘れた)【紅く染まる豪雨レッドレイン】を2つ展開する。

 そしてそれを、一つに重ね合わせた。



「術式邂逅――【極・紅く染まる豪雨ジオ・レッドレイン】」


「シャァァ!?」「バゥゥゥ!?」「ィィィィイ!?」




 一粒一粒が弾丸を超える威力を有した緋色の雨が、放射状に放たれていく。

 それらは浴びたコウモリたちが、あっという間に消滅していった。


『グ、グゥゥゥゥゥ』


 残されたのは、今の豪雨を血壁で防ぎきった暗界の吸血鬼ナイト・ヴァンパイアのみ。

 これでようやく1対1の状況が整った。


「冥王化が解けるまで、残り3分弱といったところか――それまでに決着をつけさせてもらうぞ、暗界の吸血鬼ナイト・ヴァンパイア!」


 そう宣言した後、俺はグラムを手に駆けだすのだった。



 ◇◆◇



「うそ……何よ、これ」


 私――清水 琴美は、目の前の光景を信じられなかった。

 私がアレだけ苦戦したコウモリたちが、たった一つの魔術によって全滅したからだ。

 しかも、あれだけの大規模魔術でありながら、私の周囲だけ魔術の被害が一切出ていない。

 常軌を逸した技術力の高さだ。


 その光景を見て驚愕したのは私だけではなかったようで、コメント欄も加速していく。



《うおぉぉぉ! 何だ今の!》

《二つの魔術を掛け合わせた!? たしかそんなスキルあったよな!?》

《魔術邂逅だろ!? けどアレは上位探索者しか使えないって聞いたぞ! 50やそこらのレベルじゃ不可能だろ!》

《てかコイツ、本当に54レベルなのか? 動きが早すぎる気が……》

《ことみんが一方的にやられた暗界の吸血鬼ナイト・ヴァンパイアを圧倒してる……》

《すげえ……》

《化物じゃん……》



 コメント数が普段の比ではない。

 私がピンチになったあたりから配信が拡散されていたようで、普段は1万人前後だというのに今では10万人を超えていた。


 それだけの観客がいることを知ってか知らずか、彼は恐れることなく暗界の吸血鬼ナイト・ヴァンパイアと激闘を繰り広げる。


「出し惜しみはなしだ――瞬間構築、【超越せし炎槍アルス・フレイム】×3!!!」

『っ、ギィィィィィィ!!!』


 彼の放った特大の火属性魔術が暗界の吸血鬼ナイト・ヴァンパイアに大ダメージを与える。

 その火力は琴美が死力を尽くしても出せない程で、本当にこの光景が現実か疑いたくなるほどだった。


 そんな調子で次々と規格外の魔術を放つせいで、配信がさらに拡散され視聴者数が加速度的に増えていく。

《203284人》――《349572人》――《614258人》――その数は大台に乗ろうとしていた。



《やべえよ! 何だコイツ!》

《CGでも使ってんだろ!?》

《いや、絶対にSランク探索者に決まってるって!》

《どちらにせよこれは凄すぎる!》

《本当にこのまま倒しちゃうんじゃ……マジかよマジかよ!》

《いけぇぇぇぇぇ!》

《がんばれぇぇぇ!!!》



「……すごい。本当に」


 彼の戦闘している姿に、私はただただ目を奪われていた。

 そうしているうちに、冥王化の制限時間が残り30秒を切る。


 本人もそれを自覚しているのか、暗界の吸血鬼ナイト・ヴァンパイアに魔術を放ちながらわずかに眉をひそめた。


「このまま魔術だけじゃ、時間内に倒せるか怪しいな――仕方ない」


 そう呟いたあと、彼は両手で剣を握りしめる。


「術式変換――【纏炎】」


 ボッと、彼の体を真っ赤な炎が纏い、剣へと移っていく。

 それだけではない。


「グラム、内部に溜めた魔力を全て解放だ。ありったけのまきをくべろ」


 誰に対する言葉なのかは分からない。

 だけど彼がそう告げた瞬間、剣を纏う炎の勢いが一気に増した。


 燃え盛る剣を手に、彼は暗界の吸血鬼ナイト・ヴァンパイアを見据える。


「いくぞ」

『ッ、ギイィィィィィィィィィィ!』


 冥王化が解ければ、自分に勝ち目がないことを理解しているのだろう。

 暗界の吸血鬼ナイト・ヴァンパイアは血の鎧を纏うと、全速力で青年に襲い掛かる。


 しかし――



「これで終わりだ。魔術武装――【纏炎剣レーヴァテイン】!」

『っ、ぎぃぃぃぃぃぃぃ』



 音速を超える速度で放たれた炎の一振りによって、ダメージの蓄積した暗界の吸血鬼ナイト・ヴァンパイアの体が真っ二つに両断される。

 そして、


「これで終わりだな」


 青年は勝利に歓喜するでもなく、当たり前のようにそう呟いた。


「………………」


 彼の圧倒的な姿に、言葉を失う私。

 なお、その裏では――



《うおおおおお! 勝ったあああああ!》

《すげえええ! 圧倒的じゃん!》

《ことみんを助けてくれてありがとー!》

《誰だよコイツ、有名人!?》

《やってることおかしいんだけど!?》

《ことみんが無事でよかった》

《ことみん~》

《ヤバすぎだろ》

《こんなSランク探索者いたっけ?》

《こりゃ絶対バズるな……》



 ――と、そんな風にして。

 コメント欄の加速は止まることを知らず、とうとう視聴者数が100万人を突破していたのだった。

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