第42話 ずっといた



「シャァァァ!」「キシィィィ!」「シャゥゥゥ!」

「きゃっ! 何こいつら!?」



 突如として出現した大量のコウモリたちを前に、私は思わず動きを止める。

 コウモリたちはそのまま、鋭い牙や爪で私に襲い掛かってきた。


「きゃあっ!」


 抵抗する間もなく攻撃を受け、私の体に切り傷が生じる。

 その傷から、少なくない血が流れ落ちていった。



《うわあああああ! ことみんから血が!》

《大丈夫!? ことみん!?》

《無事なの!?》

《すごく痛そう……》



 怒涛の勢いで流れていくコメント欄。

 私はカメラに向かって笑顔を浮かべた。


「ぜんぜん平気っ! これくらいの傷、探索者シーカーにはつきものなんだから!」


 リスナーたちを安心させた後、私はコウモリの群れに鑑定を使用する。



 ――――――――――――――


暗界の蝙蝠ヴァンパイア・バット

 ・討伐推奨レベル:40

 ・暗界の吸血鬼ナイト・ヴァンパイアが使役するモンスター。


 ――――――――――――――



(レベルは40。さっきは突然だったからやられたけど、この程度なら大丈夫そうね。暗界の吸血鬼ナイト・ヴァンパイア自体もかなり弱っているみたいだし――)


 私は状況を整理しながら、暗界の吸血鬼ナイト・ヴァンパイアに視線を向ける。

 その直後だった。


「シァゥ!」「バウッ!」「シャァ!」

「っ、なにっ!?」


 空中を舞う大量のコウモリたちが、暗界の吸血鬼ナイト・ヴァンパイアのもとに集まっていく。

 何をするつもりかと警戒する私の前で、コウモリたちは牙や爪についた私の血液を暗界の吸血鬼ナイト・ヴァンパイアに渡していく。


 その後、すぐには訪れた。


「……うそ、だよね?」


 私の血液を吸収した暗界の吸血鬼ナイト・ヴァンパイアの傷が、瞬く間のうちに回復していく。

 さらに、それだけではなく――



 ――――――――――――――


暗界の吸血鬼ナイト・ヴァンパイア(冥王化)】

 ・討伐推奨レベル:75


冥王化めいおうか

 ・血液まりょくを吸収することによって10分間、全能力値を上昇させる。


 ――――――――――――――



「なっ!? レベル75!?」


 完全回復だけでは飽き足らず、ここに来て暗界の吸血鬼ナイト・ヴァンパイアがさらに強化された。

 そのレベルはなんと、私のレベルである72よりも高い。



《今、レベルが75って言わなかった?》

《俺も聞こえた! つまりボスが強化されたってことだよな!?》

《ことみんってレベル72だよね!? 大丈夫なの!?》

《これってヤバイんじゃ……》



 加速するコメント欄と同様に、これはまずいと私も感じていた。

 ここまでの戦いで魔力は半分以上消費している。

 そんな状態でこのボスを倒すことは不可能だ。


(せっかくの隠しエリアを踏破できる機会を逃すのは悔しいけれど、命には代えられないわ。ここは一度撤退するしか――)


 そう判断した私は、すぐに振り返り出口に向かおうとする。

 だが、


「うそでしょ!?」


 その時には既に、大量のコウモリが出口を隠すように覆っていた。

 アレではこの部屋から出ることができない。

 コウモリたちと戦って突破しようにも、その隙を見逃してくれる暗界の吸血鬼ナイト・ヴァンパイアではないだろう。


 このままだと、本当にここで死ぬことになる。

 私はそのことをようやく悟った。


「……いったい、どうすれば」


 私は必死に、挽回のための手段を考え続ける。

 その時ふと、数十分前のとあるやり取りを思い出した。



『悪いことは言わない。そのレベルでソロなら、この先にはいかない方がいい』



 奇しくも彼の言うとおりになった。

 回復、強化、大量の雑魚モンスター出現という数々のギミック。

 明らかにこのボス部屋は、パーティーで挑むことを前提に作られていた。


 どうして彼がそのことを知っていたのかは分からない。

 今となってはもう、聞くチャンスもないだろう。


「こうなった以上はもう、なんとかボスを倒すしかないわ……」


 無謀とわかっていながら、私は暗界の吸血鬼ナイト・ヴァンパイアに向かっていくのだった。



 ◇◇◇



 しかし、現実は非情だった。

 あれから3分と持たず、私の体はボロボロになっていた。

 目の前には無傷の暗界の吸血鬼ナイト・ヴァンパイア(冥王化)が立っている。


 その光景を見て、リスナーの皆は阿鼻叫喚の様子だった。



《ちょっ、ことみん、嘘だよね!?》

《早く逃げて! このままじゃまずいよ!》

《うそっ、このままだとことみんが!》

《逃げてー!》

《誰か、ことみんを助けて!!!》



「ごめん皆、私はここで――」

『ギィアアアアア!』


 最後の言葉を伝えさせてもくれないらしい。

 襲い掛かってくる暗界の吸血鬼ナイト・ヴァンパイアを前にし、私は死を覚悟して目をつむり――



 ガキン!



 ――その瞬間、甲高い音が周囲一帯に響いた。


(あれ? 痛くない?)


 いつまで待っても痛みが来ないことに戸惑いながら、私は目を開ける。

 すると、



「お前がいらないんだったら、アイツは俺がもらっていいか?」

「あなたは……!」



 そこにはなんと、先ほど私に忠告してきた青年が立っていた。

 暗界の吸血鬼ナイト・ヴァンパイアの強力な攻撃を、剣一つで軽々と受け止めている。


 突然の出来事に困惑しながらも、私は思い浮かんだことを素直に尋ねる。


「もしかして、助けに来てくれたの……? 私はあなたに、あんなひどいことを言ったのに……」


 その問いに、青年は優しく微笑んで答えた。



「いや、普通に戦闘開始時点からずっといた」


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