第41話 暗界の主

 隠しエリアの中を突き進みながら、私――清水しみず 琴美ことみは苛立ちを隠せないでいた。

 気が抜くとつい、先ほど遭遇した失礼な青年を思い出してしまうからだ。



『悪いことは言わない。そのレベルでソロなら、この先にはいかない方がいい』



 その言葉が、何度も頭の中で繰り返される。


「あーもう、イライラするわ! 私の気持ちなんて何も知らないくせに!」


 私には夢がある。

 探索者を、そして配信者を続けることで、どうしても成し遂げたいことがあるのだ。

 その夢を叶えるまで、決して立ち止まるわけにはいかない。


「夢のために、私は決してあんな言葉に惑わされてなんかやらない……っと、そうだったわ」


 ここで私は大切なことを忘れていることに気付いた。

 機器を取り出し、慌てて配信のスイッチを入れる。


 するとすぐさま、私を応援してくれるコメントの数々が画面を流れていく。



《おっ、やっと再開された》

《ことみん、大丈夫だった?》

《あの変な男はいないな。無事に追い払えたのか》

《ことみん様~新規エリア攻略がんばって~!》



 そのコメントを読むだけで、体の内側からやる気が漲ってきた。


「みんな、ただいま~! 攻略再開するからよろしくね~!」


 画面の先のみんなにそう告げた後、私はそのまま攻略を続けるのだった。




 道中に出てくるモンスターを倒していくと、1時間も経たないうちにへたどり着いた。


 通路の先にあったのは、約80メートル四方の大きさを誇る暗い広間。

 床にはカーペットが敷かれ、その先には豪華な椅子が存在する。

 まるでファンタジー小説に出てくる、王城の一室のようだった。


 その雰囲気から、私はここが隠しエリアのボス部屋だと見抜いた。

 今のうちに、カメラに向かって所信表明をしておく。



「みんな~、今からボス戦だよ! 応援してね~」


《うお~、頑張れ~!》

《ことみんなら大丈夫!》

《かっこいいところを見せてください!》

《楽しみ!》



 コメント欄とそんなやり取りをしている中、とうとうボスが現れる。


『ギィィィイイイイイイ』

「っ、上ね!」


 広間の上から、燕尾服に身を包み漆黒の翼を生やした一体の魔物が、ゆっくりと空を飛びながら下降してくる。

 私はすぐに鑑定を使用した。



 ――――――――――――――


暗界の吸血鬼ナイト・ヴァンパイア

 ・討伐推奨レベル:65

 ・操血魔術を得意とする暗界の主。魔力を血液へと変換し、それを操作することで攻撃を仕掛けてくる。


 ――――――――――――――



 情報を見た私は小さく頷いた。


(レベルは65。問題なさそうね)


 そう判断する私の前で、暗界の吸血鬼ナイト・ヴァンパイアが行動を開始する。


『ギィィイイ!』

「っ、きた!」


 暗界の吸血鬼ナイト・ヴァンパイアの叫びと同時に、空中に幾つも血の塊が浮かび上がる。

 それらは刃や槍、矢へと姿を変えると、一斉に私めがけて放たれた。


(数は多い――だけど、決して躱せない速度じゃない!)


 紙一重で攻撃を全て回避した私は、そのまま左手を伸ばす。


「【迸る電撃ライトニング】!」

『ギィィィ!?!?』


 空中を走る雷撃はそのまま暗界の吸血鬼ナイト・ヴァンパイアに直撃する。

 そのダメージによってか、翼を閉じた暗界の吸血鬼ナイト・ヴァンパイアは勢いよく地面へと落下していった。



《よ~し、直撃した!》

《ことみんなら勝てる!》

《かっけ~~~!》



 盛り上がるコメント欄。

 それに応えるように、私は大声で叫ぶ。


「さあ、まだまだいっくよ~!」


 そう宣言しながら剣を抜いた私は、そのまま真っ直ぐ暗界の吸血鬼ナイト・ヴァンパイアへと向かっていくのだった。



 ◇◇◇



 戦闘開始から、約10分後。

 戦況は既に私の勝勢に傾きつつあった。


『ギ、ギィィィ』

「動きが鈍くなってるよっ!」


 うめき声を上げる暗界の吸血鬼ナイト・ヴァンパイアに対し、私は剣と魔術を駆使してさらに追い詰めていった。



《うおぉ~! ことみん最高!》

《かっこいい! そのまま倒しちゃえ!》

《こっとみん! こっとみん! こっとみんっ!!!》



 戦闘が最高潮クライマックスを迎え、コメント欄の流れも加速する。

 そんな中、私は先ほどの青年を思い出していた。


(何が私のレベルじゃソロで挑むのは無理よ。あとでこのアーカイブでも見て、自分が間違っていたことを思い知るといいわ!)


 そんなことを考えながら、私はトドメを浴びせるべく前に踏み込む。


 ――だが、その直後だった。



『ギィィィィィイイイイイイイ!!!』

「っ、何!?」



 突如として暗界の吸血鬼ナイト・ヴァンパイアが高らかに叫ぶ。

 何のつもりかと警戒する私の前で、は現れた。



「シャァァァ!」「キシィィィ!」「シャゥゥゥ!」

「きゃっ! 何こいつら!?」



 上下左右、ありとあらゆる場所から突如として大量のコウモリが出現する。

 それらは一目散に、私めがけて襲ってくるのだった。

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