第34話 エピローグ
グラムの化身が消滅したことを確認した俺は、背後のミツキに体を向ける。
ミツキは相変わらず、目の前で何が起きたか分からないとでも言いたげな、呆然とした表情を浮かべていた。
「終わったぞ、ミツキ」
そう話しかけると、ようやく反応する。
「本当に倒せたの……?」
「ああ、見ての通りだ」
「……とてもじゃないけれど、まだ信じられないわね。あの魔剣に体が乗っ取られたところから、全部がまるで夢みたいだわ」
そう呟きながら立ち上がろうとするミツキ。
しかしまだ体調が万全でなかったのかよろけてしまう。
「よっと」
とっさに彼女の腕を掴み、倒れないように支えてやった。
「大丈夫か、ミツキ?」
「え、ええ。助かったわ」
その後は問題なかったようで、俺の支えなしでミツキは立ち上がった。
彼女は体についた埃を払いながら、こちらをじっと見つめる。
「どうかしたか?」
「いえ……理解しがたいことが一気に起きたせいで、何から尋ねたものかと思っただけよ」
「変な奴だな、ミツキは」
「あなたにだけは言われたくないんだけど!?」
ミツキは何故か、声を荒げながらそう言った。
その後、自分のふるまいに恥ずかしさでも感じたのか、ゴホンと咳払いをしてから言葉を紡ぐ。
「そういえば以前から思ってたけど、神蔵さんって初めて会った時からあたしのこと、下の名前で呼んでるよね」
「迷惑だったか? 別に変えてもいいが」
「そ、そういう意味じゃなくて! 神蔵さんがそうするんだったら、あたしもあなたを名前で呼んでもいいってことよね?」
「ああ、呼び捨てでも何でも好きにしていいぞ」
大したことでもないし、と思いながら頷くとミツキは何故か小さく頬を上げ、
「そっか……それじゃ改めて。ありがとう蓮夜、あたしを助けてくれて」
まっすぐな眼差しを俺に向けながらそう告げた。
「どういたしまして」
彼女のお礼を真正面から受け取った後、ふと疑問に思ったことを尋ねる。
「名前の話に戻るが、そもそも俺はミツキの名字を聞いた覚えがないんだが……名字は何て言うんだ?」
するとミツキは少しだけ逡巡する素振りを見せた後、
「……逢坂。あたしの名前は
俺の疑問に応じ、フルネームを教えてくれた。
ふむ、逢坂 美月か……
「いい名前だな」
「……それだけ?」
「何がだ?」
「う、ううん、気にならないならそれでいいの。それよりも、他の5人を起こさないと――」
何かを誤魔化すような態度を見せながら、気絶する5人に駆け寄ろうとするミツキ。
その直後だった。
『――――
聞き慣れた声がしたため視線を向けると、そこには魔剣グラムが転がっていた。
どうやらあそこから話しかけられたようだ。
「うそ!? あんな魔術を喰らって、まだ生きてるの!?」
戸惑った様子のミツキ。
そんな彼女を、俺は手で制した。
「さっきのはあくまで、コイツの化身を消滅させるための一撃だったからな。あえて本体の魔剣は外しておいたんだ、問題ない」
「問題ないって……あたしたちを殺そうとした奴よ!? 生かしておいたらまた何かしてくるに決まって……」
ミツキの心配はもっともだ。
そのため、確認のため俺はグラムに問いかける。
「ということなんだがグラム、まだ俺たちを害する意思はあるか?」
『滅相もございません! わ、
「ついさっきまで、ダンジョンの外に出て復讐するとか息巻いてなかったか?」
『うっ! そ、それは……』
言葉につまるグラム。
まあ、こうなった理由は予想がつく。
既に完全敗北した後だということに加え、おそらく先の戦闘で内包していた魔力のほとんどを使い果たしたのだろう。
そのため、今の状態では勝ち目がないと見て降参を選択したってところか。
俺はゆっくりと魔剣を拾い上げる。
「まあ、これ以上面倒を起こさないんならそれでいいよ」
『さ、さすがは主様! ご安心ください、今後は主様のためよりいっそう精進を――』
「ところでミツキ、この剣を見つけたのお前なんだし、せっかくだからいるか?」
『主様!? いきなり所有権放棄ですか!?』
何やら騒がしいグラムを無視してミツキにそう問いかけると、彼女は首を左右にブンブンと振る。
「ぜ、絶対いらないわ」
体を乗っ取られたトラウマがあるせいが、断固とした拒絶だった。
そんな彼女の反応を見て、俺は小さくため息をつく。
「はあ、このまま放置するわけにもいかないし、仕方ないから俺が持って帰るか」
『主様!? 私はそのような消極的理由で使役されるような駄剣ではないと思うのですが!?』
「うるさい、魔力凍結」
『ガハッ! 魔力が止まって話すことができなくなっていく……この傍若無人っぷり、まさしく大魔王の姿そのもの……』
ひとまずグラムを黙らせることに成功し、俺は満足して頷いた。
「じゃあ、他の奴らを起こしてダンジョンを出るか」
「そ、そうね」
その後、俺たちは気絶から起きた5人と一緒に、無事ダンジョンの外で脱出するのだった。
◇◆◇
その日の夜。
ダンジョンの外に出た俺たちは、そのまま解散した。
ミツキはまだ俺に幾つか訊きたいことがあったみたいだが、体に疲労が溜まっているだろうし、連絡先だけ交換してまた今度話す機会を設けてやることになった。
まあ正直、ミツキだけはなく俺もそれなりに疲れていたため、今日はぐっすりと眠りたい気分だ。
「さて、思い返してみると記憶を取り戻してから、この短期間でかなり色々なことがあったな」
前世の知識と経験で怒涛のレベルアップをしたり、
色々な探索者とともに協力してモンスターを倒したり、
かつての因縁であるグラムと再会したり。
っと、そうだ。もしかしたらずっとダンジョン内にいたグラムは、どうして地球にダンジョンが出現したのかについても知っているかもしれない。
一度尋ねてみるべきだろう。
「まあ、それも明日になってからでいいか」
俺はベッドに横たわると、ゆっくりと目を閉じる。
そしてまた明日からも続く探索に向け、英気を養うのだった――
『第一章 大魔王、前世の記憶を取り戻し無双する』 完
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