第33話 大魔王の神髄
『これは我の身に封印された、
数十の術式に囲まれた中、グラムはそう宣言した。
しかし、それを聞いても俺に動揺はなかった。
むしろ、ようやく使ってきたかという思いの方が大きい。
かつてグラムを使用していた俺は、奴の身に数十の術式が封印されていることを知っていたからだ。
そう、これこそが魔剣グラムが保有する能力の一つ。
グラムはその内側に魔力を溜め込むことができる。
そして、それは術式であっても例外ではない。
そのため、前世の俺は魔力凍結を活用し、発動直前の魔術をグラムの中に封印していた。
そして戦闘時、必要に応じてそれらを引き出すことで限界以上の魔力行使を可能としていたのだ。
まあ最終的には、俺の実力が増して外部パーツに頼る必要がなくなった結果、グラムを使わなくなったわけだが……
「その能力自体は、確かに本物だ」
真剣な表情でそう呟く俺を見て何を思ったのか、グラムは笑みを浮かべる。
『これから貴様に、本当の恐怖というものを教えてやろう!』
「――――」
そんな前置きの後、グラムはとうとう術式を開放した。
まず初めに青色の術式が解き放たれ、高速で水の刃が飛んでくる。
刃は俺の横を通り過ぎ、そのままダンジョンの床を
その威力は先ほどまでグラム自身が使っていた漆黒の閃光とは、とても比べ物にならない。
大きな切断痕が生まれた地面を眺めていると、グラムは笑いながら告げる。
『自分に命中しなかったからと言って、安堵しているわけではあるまいな? それはあくまで挨拶代わりの一撃。ここからは一切油断しないことだな!』
その言葉通り、グラムは
炎の槍、水の刃、土のハンマー、風の鞭。
そして特筆すべきは、それらを取り込んで放たれる禍々しい闇の砲撃。
それら全てがダンジョンの大地を貫き、切断し、
俺はその魔術を、紙一重で回避し続けていた。
「ありえないわ。こんな規模の魔術を連続で放てるなんて……そしてそれ以上に、ギリギリとはいえ躱し続けている神蔵さんはいったい何者なの……?」
背後から、そんなミツキの言葉が聞こえる。
彼女にとって、この光景はそれほどまでに信じられないものらしい。
俺は迫りくる魔術を躱しながら、ちらりとミツキの姿を確認する。
今はまだグラムの狙いが俺に絞られているため後方に被害は出ていないが、それも時間の問題。
できる限り早く決着をつける必要があるだろう。
問題があるとすれば、その手段なのだが――
(さて、そろそろ
思考を巡らせながら攻勢に出かけるタイミングを見極める俺に対して、グラムは告げる。
『それ見たことか! 大魔王の魔術を前に、貴様はただ逃げ惑うことしかできん! このまま何もできず後悔の中で朽ち果てるがいい!』
グラムの怒りのボルテージが上がるのに比例するように、周囲の術式が一斉に輝き始める。
ここまでの連続行使とは一転、数十の術式を同時に発動して俺を仕留めきろうとしているようだ。
「あれはまさか……まずいわ、神蔵さん! あたしたちのことはいいから、あなただけでも逃げて!」
この異常事態にミツキも気付いたのだろう。
慌てた様子でそう告げるが、俺はグラムを見据えたまま言葉だけで返す。
「断る」
「そんな……あなたが言っていたはずよ! 勝ち目のないまま無謀に挑むのは愚か者のすることだって!」
「……ふむ」
どうやらミツキは俺のアドバイスを覚えていたようだ。
それは何よりだが、彼女は最も大切なことを忘れている。
「ミツキ、お前は一つ間違えている」
「えっ?」
「その言葉が当てはまるのは、あくまで
その言葉に反応したのは、ミツキではなくグラムだった。
『貴様は、我が貴様より格下だと言ったのか?』
「ほう、さすがにその程度は読み取れたか」
『……許さん! 貴様だけは塵一つ残さんぞ!』
そして、術式の輝きが急激に増す。
かつて俺が構築した数十の魔術が、今にも解き放たれようとしていた。
そして、
『喰らうがよい――【無限・魔術連撃】!』
グラムの叫びに応じるようにして、数十の魔術が放たれ――
『…………は?』
想定していなかった状況なのか、グラムは間抜けな声を上げる。
『なんだ!? 突然、魔術を扱えなく……』
「選択を誤ったな、グラム」
そんなグラムに対して、俺は告げる。
「悪いが、術式は全て俺が乗っ取らせてもらった」
『なっ!?!?!?!?』
先ほどまで、俺はただ魔術から逃げ回っていたのではなく、術式の支配権の
そしてつい数瞬前に、その準備が完全に終わった。
しかしグラムはその事実をとても受け入れられないようで、見るからに取り乱す。
『ありえん! 大魔王の生み出した術式だぞ!? そう簡単に奪えるような
「
『なに!?』
魔剣グラムに封印した術式と、普段
それは、実際に
グラムに埋め込んだ術式を扱うのは、あくまで俺に限られている。
そのため発動時に幾つかのプロセスを経なければ、その潜在能力の全ては引き出せないような仕組みにしていたのだ。
グラムはそれを理解しないまま、不完全なものを撃ち出していたに過ぎない。
そのことを伝えてやると、グラムはさらにうろたえる。
『そんなバカな! しかし仮にそれが事実だからといって、これほど容易く他者の術式を奪える証明にはならんはずだ!』
「それについても答えは簡単だ」
他者の術式を操る、または奪うには幾つかのパターンがある。
一つは、雫のときのように本人の許可を得て魔力を操る場合。
一つは、大迫戦のように他人の支配がなくなった術式を奪う行為。
そして最後に、最もシンプルなものが一つ――それは、自分が生み出した術式を使う場合だ。
言わばそれは、プログラムにおける
他人が
「さて、講義も程々に――そろそろ終わらせるとしようか」
そう言い残した後、俺は数ある術式を一つに束ねていく。
するとその光景を見たミツキが驚愕の声をもらした。
「あれはまさか、Sランク魔術師の中でも一部しか使えないと言われている
ふむ、オーディエンスとしては素晴らしいリアクション。
やはり新技披露の場には観客がいなくてはな。
彼女の声援を背に受けながら、俺は数十の術式を束ねた究極術式を魔剣グラムに向ける。
そして俺の存在を証明するべく、最強の一撃を解き放った。
「究極術式――【
刹那、禍々しい虹色の光がグラムに向けて放たれる。
グラムは回避を試みようとはせず、ただ茫然としたまま自分に迫りくる極光を見つめていた。
『この魔術は……! まさか本当に、あなたが大魔王――――』
その言葉が最後まで紡がれることはなく、
極光はグラムの化身を容易く消滅させ、そのままダンジョンそのものを崩壊させるほどの勢いでどこまでも突き進んでいった。
そんな光景を見届けた後、俺は小さく頷き口を開く。
「俺の勝ちだ」
かくして魔剣グラムとの戦闘は、俺の圧勝で幕を閉じるのだった。
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