第30話 憎しみの相手
ミツキの体を乗っ取った謎の存在――仮に『アンノウン』でいいか。
アンノウンは漆黒の剣で斬りかかってくる。
「よっと」
紙一重で回避しながら、俺は改めて状況を分析する。
ミツキの身にいったい何が起きたのか突き止めなければ、助けようもないからだ。
ひとまず分かることが一点。
アンノウンの動きはどうにも大雑把だった。
一時間前に見たミツキの動きに比べたら繊細さにかけている。
「その程度の攻撃が当たると思っているのか?」
「ほざけ! これが本気だと思うなよ!」
少し煽ってみると、アンノウンは立ち止まり漆黒の剣を高く構えた。
すると刀身には魔力が集い、振り下ろすと同時に漆黒の閃光が放たれる。
威力こそ大したものだが、速度はそれほどでもないみたいだ。
横にステップし、俺はその閃光を躱した。
「――ふむ」
そして今の一連の動きを見たことで、おおよその状況を把握することができた。
恐らくだが、アンノウンの正体はあの漆黒の剣――魔剣だ。
魔剣には意思のある魔人が封印されていることも多く、そいつがミツキの体を乗っ取ったのだろう。
具体的には、魔剣から供給されるアンノウンの魔力によって、ミツキの魔力を操ることで支配権を奪っているのだ。
なかなか高度なテクニックだが、正体が魔人ならそのくらい朝飯前だろう。
ただ、一つだけ分からないことがある。
本当に正体が魔人だというなら、元々ミツキよりも強力な力を持っているはず。
わざわざ乗っ取る必要性はないと思うんだが……
まあ、コイツが変わった魔人だとすれば全て納得か。
それよりも――だ。
やっぱりあの魔剣、どこかで見覚えがある気がするなぁと思いながら、俺はアンノウンに宣言する。
「茶番はこの程度でいいだろう。そろそろ出ていってもらうぞ」
「防戦一方の身で大それたことを! 貴様ごときにそんなことできるものか!」
そう叫びながら、アンノウンは再び魔剣で斬りかかってくる。
俺はその刃をかいくぐってアンノウンに接近すると、右手でガシッと首を掴んだ。
「捕まえたぞ」
しかし、アンノウンは余裕を崩しはしない。
「それがどうした!? お前に我は攻撃できん! 我を倒すということは、この女を殺すのと同義なのだからな!」
「……ふむ」
アンノウンはなかなか知恵が働くようだ。
確かにミツキを助けたいのなら、ここから攻撃手段は選択できないだろう。
しかし、だからといって取れる手が一つも存在しないわけではない。
何故なら俺の目的は、アンノウンを討伐することではなくミツキの体から追い出すこと。
そのための力は既に持っていた。
「
「ッ!? これはまさかッ!」
凍結の性質を持った魔力をミツキの体に流し込む。
まずは抵抗力の低いミツキの魔力を封印した。
これでもう、アンノウンはミツキの体を動かすことはできない。
後はゆっくりと、アンノウンの魔力を凍結させてしまえばいい――
「くぅっ、させるものか!」
しかしそこは、さすがに魔人と言うべきか。
自分の魔力が凍結されるよりも早く、アンノウンはミツキの体から魔剣に魔力を引き戻した。
これで完全にミツキの乗っ取りは終わり、崩れ落ちそうになった体を俺は受け止める。
「さて、ひとまずの目的は達成といったところか」
こうなってしまった以上、ミツキの魔力を凍結しておく必要はない。
凍結を解除すると、彼女はゆっくりと目を覚ました。
「……あれ? なんで、神蔵さんがここに? ううん、それよりもあたし、ついさっき誰かに体を乗っ取られて――うっ!」
「状況は後で説明する。今はひとまず安静にしていろ」
「……わ、わかった」
「よし。それじゃ、とりあえずお前たちにミツキを任せてもいいか?」
「えっ? は、はい!」
魔力の支配権が戻ってきたばかりで万全の状態ではないであろうミツキにそう言いつけた後、俺は背後に待機していたパーティーの5人にミツキを預けた。
なにせ、
「おい、見ろ! その剣から黒色のモヤが漏れ出してるぞ!」
その言葉を聞いて魔剣に視線を向けると、確かに魔剣から漏れた漆黒の魔力から何かが形成されようとしていた。
数秒後、それは1体の巨大な魔人へと変貌した。
身に纏う魔力の質と量は、先ほどまでとは比べ物にならない。
その魔人は、鋭く赤い目をこちらに向けながらニヤリと笑う。
「残念だったな、これが我の正体だ」
「…………」
「何だ、怯えて言葉も出んか?」
まるで俺が気付いていなかったかのような言い方なので、どうリアクションするか少し迷ってしまった。
するとそんな俺を見て魔人が得意げな表情を浮かべてくるため、さらに切り出すタイミングを失ってしまう。
「い、いったい何が起きてるんだ!?」
そんな俺に代わって、後ろにいる一人がそう叫んだ。
その疑問に応じるように、魔人は続ける。
「いいだろう、冥土の土産に教えてやる! 我がその女の体を乗っ取ったのは、我にかけられた封印魔術のせいで、身一つではこのダンジョンから出られなかったからというだけ。実力ならば本来の姿である今の方が圧倒的に上である!」
「………………」
「選択を間違えたな、愚か者どもよ! この体で貴様らを処分したのち、もう一度乗っ取ってやろうではないか!」
高らかに宣言する魔人。
そんな魔人に向かって、俺は気になったことを問いかけた。
「それで? わざわざそんな苦労をしてまでダンジョンを出て何をしたいんだ?」
「決まっている!」
するとこれまでの笑みからは一転、何かに対する憎しみを募らせたような表情を浮かべる。
「我の目的など初めから一つしかない! 復讐のためだ!」
「復讐……いったい誰に?」
「誰にだと? そんなもの、たった一人しか存在せん!」
俺は真剣なまなざしでそう尋ねる。
すると魔人は、怒りに耐えるようにぷるぷると震えながら、堂々と叫んだ。
「我らは幾たびの戦場を共に戦い抜いた関係であったにもかかわらず、『よし、最近この剣使ってないし、せっかくだから勇者へのドロップアイテムとして隠しエリアに設置しよう!』などとのたまい、このダンジョンに我を封印した最低最悪の存在――すなわち【
………………
…………
……
俺じゃん。
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