第13話 決闘

 探索者ギルドに併設された訓練場は、小さな体育館くらいの大きさがあった。

 壁は魔術や魔道具を用いて作られているためかなり頑丈なようだし、これなら問題なく全力で戦えそうな空間だった。


 そんな訓練場で決闘することになった俺と大迫を見ようと、一般のシーカーたちが大量に詰めかけていた。


「おっ、誰か決闘するのか?」

「何でもあの子が、初心者潰しの大迫に目をつけられたらしい」

「あー、そりゃ災難だったな。大怪我だけはしなきゃいいんだが……一応ヒーラーは準備しておくか」


 そんな風に話し合うギャラリーたち。

 どうやら全員が例外なく、俺が大迫に惨敗すると思っているようだ。


 ギャラリーの話を聞いている俺を見て何を勘違いしたのか、大迫が意地の悪い笑みを浮かべながら話しかけてくる。



「はっ、どうした、この観衆を前にボロ負けする自分を想像して怖くなったか? けど残念だったな、お前は最後のチャンスを逃した。さっき謝らなかった時点で、俺様にコテンパンにされるのは確定してるんだよ!」

御託ごたくはいい。実力を証明したいなら口ではなく結果で示せ――そうだろう?」

「ッ、いつまでその生意気な口がきけるか楽しみだぜ」



 そんな感じで決闘前のやり取りは終わる。

 そのタイミングを見計らってか、なぜかこの決闘の立会人になった受付の瀬名せなが俺たちの間に立つ。


「そ、それでは二人とも準備はよろしいですか? 決闘――始め!」


 瀬名の掛け声によって、俺と大迫の決闘が始まった。



 真っ先に動いたのは大迫だった


「いくぜ、身体強化ブーステッド!」


 スキルを使用したんだろう。

 全身に魔力を纏った大迫が、グンッと勢いよく迫ってくる。


「ふむ、そのレベルにもなると身体強化もそれなりにはさまになるか――ならばこちらも」


 魔力を体内で循環させ、急激に身体能力を向上させる。

 これは知識一つで再現可能な技術なため、スキルに頼っている大迫より倍率は格段に高いはずだ。


「おらぁぁぁあああ!」

「――――」


 大迫が振るう連続の殴打を、紙一重で見切り回避し続ける。

 それを見たギャラリーが「おおっ!」と沸いた。



「すげぇ! 大迫の猛攻を凌いでるぞ!」

「マジで探索者歴三日かよ!?」

「いや待て、大迫が何かを企んで――」



 大迫の殴打を躱す途中、隙を見つけた俺はガラ空きになった胴体目掛けて拳を振るう。

 しかし――


 ガンッ、と。

 まるで鉄の扉を殴ったような鈍い音と共に、俺の拳は大迫の腹筋に止められた。

 さすがにステータスに差があるせいか、ほとんどダメージが通ってなさそうだ。


「はっ、ぬりぃなぁ!」

「――む」


 それどころかカウンター気味に振るわれた丸太のような腕によって、俺の体は軽々と後方に吹き飛ばされる。

 さらに、大迫の真の狙いはここからだった。



「喰らいな! 赤く燃える雨レッドレイン!」

「これは……」



 空中に展開した術式から、炎の雨が俺めがけて降り注いでくる。

 これは広範囲の殲滅せんめつを得意とする火属性の中級魔術、赤く燃える雨レッドレインだ。

 今のステータスで受けきるのはなかなかに厳しい。

 ので、冷静に魔力の流れを見極めることで何とかその全てを回避してみせる。


 そんな俺の姿を見届けた大迫が、衝撃を受けたような声色で告げる。


「俺様の攻撃をここまで凌ぐたぁ、思ってたよりはやるじゃねえか。どういう経緯かは知らねえが、確かにボス討伐の足手まといにならない程度の実力はあるみてぇだな」

「――ほう」


 これは驚いた。

 大迫は思ったよりも柔軟な思考を持っているようだ。

 ただそれでも、戦闘の構えを解く様子はないみたいだが。



「それが分かってもまだ、決闘を続ける気か?」

「はっ、当然! テメェがさっき言ったことだろうが――身の程を教えてやるってな! そんなナメた態度を取られて、はいそうですかと引き下がれるか。ここまできたらもうテメェの実力なんざどうでもいい。二度と調子に乗れねぇよう、ここで徹底的に叩き潰させてもらうぞ!」

「それは――こちらとしてもありがたい」



 思いやりのあふれた大迫の優しい言葉に、思わず笑みが零れてしまう。

 せっかく少しずつ楽しくなってきたんだ。

 ここで中断にでもなろうものなら、興ざめもいいところだ。


「いくぞぉ!」

「…………」


 再び襲い来る猛攻を躱しながら、深い思考の中に沈む。

 ここまでの戦いで分かったが、確かに大迫は強い。

 戦闘経験の違いがあるため敵の攻撃を躱すこと自体は容易いが、問題はステータス差の影響からこちらに決定打がないことだ。

 パッと思いつくのは瞬間構築の超越せし炎槍アルス・フレイムだが……昨日、炎の獅子イグニス・レオに通じなかったことから考えてもレベル60の大迫を倒しきれるとはとても思わない。


 俺は大迫の拳を躱しながら、自分のステータスを確認する。



――――――――――――――――――――


 神蔵 蓮夜 20歳 レベル:28

 職業:なし

 攻撃力:95

 耐久力:93

 速 度:96

 魔 力:99

 知 力:99

 スキル:上級魔術適性(火)Lv2


――――――――――――――――――――



 こうして改めて見てみると、ステータス獲得時点からかなり魔力が増している。

 今なら【超越せし炎槍アルス・フレイム】以上の火力を持った隠し玉を使えるかもしれない。

 ただ、それには一つ大きな問題があった。



(それだと逆に、火力過剰で大迫を木っ端みじんにしかねないんだよな……)



 さすがにここで人殺しをするつもりはない。

 しかしそうなると、何かしら別の手段を探す必要が出てくる。

 火属性の魔術適性しかもっていない中、果たしてそんな手段が都合よく見つかるだろうか――


 そんなことを考えていると、大迫が苛立ったように舌打ちをする。


「くそっ、ちょこまかと躱しやがって! これじゃらちが明かねぇ!」

「――ん?」


 ここで一旦距離を取った大迫が、再び空中に術式を展開する。

 魔術の種類は先ほどと同じ赤く燃える雨レッドレイン。ただ一つ違うのは、さっきとは比べ物にならないほどの魔力を注いでいること。

 発動までに時間を有するというデメリットを受け入れてでも、あの一撃で俺を仕留めきるつもりらしい。


 そんな大迫の狙いを理解した瞬間、俺はある方法を思いついた。


 ――ある、あるじゃないか! すぐそこに、ちょうどいい攻撃手段が!


「見つけた」


 空中に浮かぶ赤の術式を視界に収めながら、俺はニッと笑みを零した。

 そしてその狙いを現実にするため、すぐさま行動を開始する。


「術式・並列展開」


 まず初めに、一瞬で数十の術式を構築し展開。

 その全てが初級魔術【火炎の球ファイアボール】であり、大した威力は有していない。

 ――もっとも、少しだけ変数はイジってあるが。



「うおっ! 並列展開!?」

「アイツ、魔術系のスキルも持ってたのか!」

「けど大迫相手に通用するのかよ!?」



(さあ、いくぞ)


 ギャラリーの歓声を聴きながら、俺は術式を開放した。

 数十の球が一目散に大迫めがけて飛んでいく。


 俺が何を企んでいるのか警戒した様子の大迫も、自分に迫ってくるのが初級魔術であることを確認し、余裕の表情を浮かべる。


「はっ、馬鹿が! 何を企んでるかと思えば、初級魔術ごときで俺様がやられるわけ――」


 直後、それ・・は起こった。



 ドカァァァァァアアアアアアアアアアン!

 ガシャァァァァアアアアアアアアアアン!

 パァァァァァァアアアアアアアアアアン!

 ドゴォォォォォオオオオオオオオオオン!



 刹那、部屋中を覆うほどの閃光と、鼓膜を突き破るほどの轟音が訓練室いっぱいに広がった。

 突然の出来事に大迫、ギャラリー問わず、誰も彼もが混乱に陥る。


「なんだこれ、眩しい!?」

「耳がいてぇ、なんも聞こえねぇ!」

「核爆発でも起きたのか!?」


 そんな彼らの反応を見て、俺は笑みを深めた。


 今の火炎の球ファイアボールは威力を落とした代わりに、衝突時の音量と発光を最大限まで高めた一撃。

 本来は魔界の夜空に満開の花火を咲かせるための魔術だが、今回はそれを閃光弾代わりに使用した。

 光と轟音を浴びた者は、まるで最上級魔術を喰らったかのように勘違いし、自分がいま何をしているかすら忘れてしまうだろう。


「テ、テメェ、いったい何をして――」

「答えてやる義理はない……これはもらっていくぞ」

「なっ!?」


 その証拠に、大迫は今の衝撃によって無意識のうちに術式への魔力供給を止めていた。

 その隙に俺は奴の術式を奪い取る。


 昨日雫に協力してもらった際は、俺が適性を保有していない水属性魔術だったため、彼女の魔力を操るという迂回経路うかいけいろを利用するしかなかった。

 しかし大迫は俺と同じく火属性の使い手。一度支配権を奪ってしまえば、改変するのはそう難しくない。

 さらに今回に限っては、既に大迫が注いだ大量の魔力がそのまま残っているため、俺が使用する魔力量もわずかで済むという良いことづくめだ。


 さあ、終わりにしよう。




「術式強奪――【反・紅く染まる豪雨アンチ・レッドレイン】」




 威力の変数を増した炎の雨が、混乱した大迫にそのまま降り注ぐ。

 同時に大量の煙が生じ、その中に大迫の姿は隠されてしまった。


 数十秒にも及ぶ豪雨が止んだ後、煙の中から傷だらけになった大迫が姿を現す。

 強力な魔術を浴び続けた大迫は、かろうじてその場に立ち尽くすのみが限界で――


「ふざ、けるな。まだ、終わっちゃ……いね」


 ――とうとう耐え切れなくなったのか、前に踏み出した足を支えきれずに崩れ落ちた。


 訪れる数秒の沈黙。

 そして――



「「「うぉぉぉおおおおお! 新人シーカーが大迫に勝ったぁぁぁあああああ!」」」



 ギャラリーの歓声が訓練室いっぱいに木霊する。


 かくして、大迫との決闘は俺の勝利で幕を閉じるのだった。

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