第9話 VSイグニス・レオ

「ガルルゥ!」


 唸り声と共に炎の獅子イグニス・レオが俺目掛けて襲い掛かってくる。

 殺傷力に満ちた鋭く巨大な牙や爪による攻撃を喰らえば、今の俺ではたった一撃でやられてしまうことだろう。


 しかし、そこは長年の経験と技術でカバーする。

 身のこなしと深い読みによって、俺は炎の獅子イグニス・レオの連続攻撃を次々と躱していく。


「うそ! 蓮夜さんが敵の攻撃をこんなに簡単に……いったい何が起きて……」


 その光景を呆然と眺めながら呟く雫に、俺は攻撃を躱しながら指示を出す。


「コイツの相手は俺がする、雫は他の奴らを治療してやってくれ」

「えっ? は、はい! 分かりました!」


 自分の役目を思い出した雫が去っていくのを見届け、視線を炎の獅子イグニス・レオに戻す。

 改めて人間とはかけ離れたその体躯を見て、心の中で一言。


(――さて、どう攻めたものか)


 このまま攻撃を回避するだけなら容易だが、問題はどうやって敵に致命傷を与えるかだ。

 瞬間構築した上級魔術では大したダメージにならなかった。

 持ちうる策を弄すれば、時間を稼いで最大火力の超越せし炎槍アルス・フレイムをお見舞いすることも可能だろうが、それでも倒しきれるかは五分五分といったところだろう。

 オーバーフローのリスクもある中、選択するには頼りない確率だ。


「なら、次に考えるは接近戦か」


 先ほど優斗や緋村の攻撃でダメージを与えられていたことを考えると、そちらの方が有効かもしれない。

 問題があるとすれば今の俺に剣や槍といった武器がなく、さらに炎の獅子イグニス・レオの硬質かつ熱量を持った皮膚に対抗できるだけの膂力がないことだが――


「今ないなら、補えばいいだけだ」


 方針は決まった。

 後は実行するのみ。

 そうして俺は体内の魔力に意識を向ける。


「――無距離火炎ゼロ・ファイア・並列構築」


 ダンジョンの道中で使っていた至近距離用の魔術、無距離火炎ゼロ・ファイアの術式を同時に二つ構築する。

 しかもここで終わりではない。射程変数が1メートルになっているところを、一気に3センチまで縮小させる。

 そしてその分の魔力を威力と持続時間に注ぎ込むことで、新たな魔術を生み出した。



「術式変換――【纏炎てんえん】」



 ゴウッと、燃え盛る炎が俺の両拳を覆った。


「よし、これで準備完了だ」


 これは凝縮された火魔術を疑似的な魔力障壁として両手に纏わせ、攻防に利用することを可能にした魔術だ。

 これで炎の獅子イグニス・レオの熱から身を守ると共に、破壊力も生み出すことができる。


 さらにこれだけでは終わらない。

 体内の魔力を循環させ身体強化も行う。

 ここまでやればステータスがかけ離れた炎の獅子イグニス・レオ相手にも、互角以上に渡り合えるだろう。


「――いくぞ」

「グルゥゥ!」


 そして本格的な攻防が始まる。

 炎の獅子イグニス・レオが振り下ろしてきた腕を躱し、そのままラッシュを浴びせていく。

 爆発的推進力とともに放たれる連続の殴打が、次々と炎の獅子イグニス・レオの胴体を凹ませていった。


「ギャウゥン!?」


 突然の反撃に耐えられないとばかりに、炎の獅子イグニス・レオが後方に飛び退く。

 しかし、


「逃がすか」

「ッッッ!?!?!?」


 一度捕まえたチャンスを、簡単に手放したりはしない。

 瞬時に敵の懐に潜り込んだ俺は地面を凹ませるほどの踏み込みと共に、最大火力の一撃を放った。


「はあッ!」

「ヴァゥッ!?」


 グシュリという音を立てて減り込んだ拳を、それだけでは許さないとばかりに全力で振り上げる。

 炎の獅子イグニス・レオの巨体はカタパルトがごとき勢いで射出され、馬鹿みたいな勢いで天井に激突した。

 これはかなりのダメージが入ったはず――


「ガルゥ!」

「ほう」


 ――そう思った直後、あろうことか炎の獅子イグニス・レオは空中で身を捻り、重力を味方にするだけではなく天井を踏み台にして俺に飛び掛かってきた。

 どうやら思った以上に耐久力があるみたいだ。

 俺は炎の獅子イグニス・レオによる落下攻撃を回避しながら、にやりと口角を上げた。 


「――おもしろい」


 どうすればこの強敵に致命傷を与えられるのか。

 記憶を取り戻してから、ここまでの接戦は初めてだ!

 踊る心に従うままに、俺は炎の獅子イグニス・レオを迎え撃った。



 それから数十秒間、俺は殴打を浴びせながらも分析を進めていた。

 炎の獅子イグニス・レオの厄介な点は、中途半端な致命傷を与えても、体内の魔力を放出するという反撃手段があること。

 優斗たちもその手でやられていた。

 決めるなら一撃で、しかし今みたいな殴打では決定打にはなりえない。

 せめて俺が火属性以外の魔術を使えたら――


「――待てよ」


 とある閃きに従うように、俺は後方に視線を向ける。

 そこでは既に治療を終えたのか、起き上がってこちらの戦闘を眺める3人の姿があった。


「お、おい、どうなってんだ? 蓮夜の奴、探索者歴二日目じゃなかったのか?」

「何だよあれ、動きが俺たちとは明らかに違うぞ……」


 俺の戦いを見て驚愕する優斗と緋村の2人。

 そして、


「す、すごい……」


 最後に雫は、感嘆の息を漏らしながら純粋な瞳でこちらを見つめていた。

 そんな雫を見て、俺は先ほど彼女が放った水の初級魔術を思い出していた。


「そうだ、この手があったぞ!」


 忘れていた、この場には俺だけでなく彼女たちもいる。

 何もたった一人で倒しきる必要などないのだ。

 というかそもそも、これは俺が昔から憧れていた、仲間と協力し強敵を打ち破るというシチュエーションそのものじゃないか!

 思い至ったからには、もうそれ以外の選択肢は思いつかない。

 よし、そうしよう! だってそうしたいから!


「雫!」

「は、はい!?」


 呼びかけると、雫はびっくりした様子で返事をする。


「コイツを倒すには雫の力が必要だ! 協力してくれ!」

「……え、ええぇぇぇ!?」


 うんうん、いい反応だ。

 楽しくなりながら俺は続ける。


「さっき放った水魔術を展開してくれ!」

「え、えっと、わ、分かりました! それで敵を狙って隙を作ればいいんですね!?」

「いや、術式構築まででいい! そこまでで待機しててくれ!」

「……? は、はい! やってみます!」


 俺の意図までは伝わらなかっただろうが、雫は素直に受け入れ術式を展開していく。

 その完成を見届けた後、俺は炎の獅子イグニス・レオの隙を見つけ特大級の殴打を浴びせた。

 そして後方に弾き飛ばされる敵に向け、ダメ押しの追撃。


「【超越せし炎槍アルス・フレイム】」

「ギャウン!?」


 残存魔力の3分の1を使い、上級魔術を解き放った。

 当然これは炎の獅子イグニス・レオを倒すためのものではなく、目的は単なる時間稼ぎだ。

 敵が爆発に飲み込まれ視界を奪われている間に、俺は雫のもとに移動した。


「れ、蓮夜さん、術式の準備は出来ましたけど、後はどうすれば……」

「ああ、俺に任せてくれ。あと少し触れるぞ」

「ってちょ、蓮夜さん!?」


 そう断ったのち、俺は左手で雫の右手を掴む。

 これからやることのためには、術者に直接触れなければならないのだ。



「い、いきなり何をしてるんですか!? 戦闘中にこんなっ、と、時と場合を考えてくだ――」

「それより雫、自分の魔力に集中してみてくれ」

「……えっ? なんでしょうこれ、不思議な感じが……自分の魔力なのに勝手に動いて」

「俺が雫の魔力を操作してるんだ。悪いが少しだけ俺に身を任せてくれ」

「へ? 蓮夜さんが、私の魔力を……?」



 困惑の表情を浮かべる雫。

 しかし申し訳ないが、これ以上説明してられる余裕はない。

 あと数秒で煙は完全に晴れ、炎の獅子イグニス・レオはこちらに狙いを定めるだろう。


 そんな中、俺は雫の魔力を通じて術式を書き換えようとしていた。

 通常ならこんなことは不可能だが、術者本人の力量が優れており、かつ対象者がその行為を受け入れてくれるなどの条件が揃えば可能となる。


 とはいえ当然、自分の魔力を操るように自由自在とはいかない。

 俺がブラッディゴーレムを相手にした時のように、初級魔術を上級魔術まで発展させるなんてことはできない。

 せいぜいが中級魔術どまりだが、それでもまだ炎の獅子イグニス・レオの守りを突破するには不十分。


 ゆえに俺は、雫の術式を書き換えるだけでなく、自らも新たに術式を構築する。

 その結果、俺と雫の前に2つ、青と赤の術式が展開された。


「蓮夜さん、これはいったい……」

「水属性の中級魔術【逆巻く水砲ウォーターレーザー】と、火属性の中級魔術【渦巻く火焔フレイムトルネード】だ。これを単発で撃っても意味はないが、こうすれば――」

「……うそ。2つの術式が重なって……」


 雫の言葉通り、青と赤の術式が一つに融合しようとしていた。

 異なる属性の術式がぶつかった時、通常はバグを起こし消滅か暴発が起きる。

 しかし万に一つ、それが混ざり合った時――相乗効果によって数十倍の火力が生まれるのだ。


 さあ、全ての準備は整った。

 対する炎の獅子イグニス・レオはというと、ようやくこちらの異変に気付き、決死の様子で襲い掛かってくる。

 だが、もう遅い。


「ガルゥゥゥウウウウウ!」

「――これで終わりだ」


 迫りくる格上だった獲物それに対し、俺は告げる。




術式邂逅じゅつしきかいこう――【絢爛たる蒼炎ブルーム・バースト】」




 術式が崩壊し、せきを切ったダムのような勢いで渦巻く蒼の炎が解き放たれる。

 その魔術を見た炎の獅子イグニス・レオがとっさに炎のたてがみを盾にするが、もはや手遅れ。

 蒼炎は瞬く間に炎の盾を消火し、そのまま獣の体を貫いた。

 それだけでは終わらない。蒼炎は体内で膨張を起こし、やがて爆発。

 周囲にはじけ飛んだ炎の獅子イグニス・レオだった破片すら一瞬で浄化させ、火葬までをも同時に終わらせてしまった。



「「「………………」」」



 その光景を前にし、いつぞやのブラッディゴーレム戦のようにぽかんとした表情を浮かべる雫たち。

 さらに脳内では、討伐を証明するレベルアップ音が鳴り響く。


 それらを一心に味わいながら、俺は満ち足りた気持ちだった。

 なぜなら――


「そうか。これが仲間と協力し合い、強敵を打ち破るということだったんだな……」


 感動のあまり涙が零れないよう上を向きながらそう呟いていたせいか、目の前で雫が首をブンブンと高速で左右に振っていることには、残念ながら最後まで気付くことはなく――


 何はともあれ、これにて炎の獅子イグニス・レオの討伐が完了し、俺たちは初級ダンジョンを無事に突破するのだった。

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