第8話 昆布茶は落ち着くなあ

「グルルルゥゥゥゥゥ」

「ふむ」


 奇跡的場面に居合わせたことに感動している最中だったのだが、どうやらそろそろ敵も動き始めそうだ。

 いつまでも余韻に浸っているわけにはいかないか。

 そう思いながら、俺は戦闘の構えを取る。


 ただ一つ、問題があるとすれば――


炎の獅子イグニス・レオ……火耐性のあるモンスターか。これは少し厄介かもな」


 今の俺は火属性の魔術しか使えない。

 元々のステータス差も考慮すれば、倒すのはそう簡単ではないように思う。


 まあ、それならそれで幾つかやりようはあるだろうが。

 適切な作戦を選ぶためにも、まずは様子見から入るべきか――


「蓮夜、お前は下がってろ! 初心者が戦える相手じゃない!」

「――む」


 しかしここで、優斗たちが俺を守るようにして前に出た。

 そういえば、まだこの三人は俺の実力を誤解したままだったな。

 さっさと俺が敵と戦うところを見せて、その誤解を解いた方がいいだろうか。


「……いや、待て」


 思い出せ。

 そもそもどうして、俺はエクストラボスという仕組みを作った?

 それは当然、挑戦者に驚きと試練を与え成長を促すためだ。

 にもかかわらず、ここで俺が戦ってしまえば彼らからその機会を奪ってしまう。

 できればそれだけは避けたい。


 ここは優斗たちに任せるのが一番いいだろう。

 そう思った俺は後ろに下がり、荷物袋から魔法瓶を取り出す。

 そして一口分をカップに入れてごくり。


「……ああ、昆布茶は落ち着くなあ」


 リラックスした体勢のまま、彼らの戦闘を見届けることにした。

 がんばれがんばれ。



 そうこうしているうちに、とうとう戦闘が始まろうとしていた。


「ガルゥ!」

「ッ、くるぞ!」


 炎の獅子イグニス・レオが唸り声を上げながら、力強く地面を蹴りその巨体を前に進める。

 それを見た優斗が他の2人に警戒を促した。


 このパーティーは剣士とタンクの前衛二枚に、ヒーラー兼魔術師の後衛が一枚となっている。

 強力なモンスターを倒すにはまず、前衛がうまく連携して敵の動きを食い止めなければならない。


 しかし――


「くそっ、こいつ……動きも力もこれまで戦ってきたモンスターとは格が違う!」

「気をつけろ! たてがみだけじゃなく、皮膚も相当な熱量を持っている! 触れたら火傷するぞ!」


 初めて戦うモンスターを前にして、優斗や緋村はかなり苦戦していた。

 炎の獅子イグニス・レオが発する熱を警戒し、適度に距離を取りながら注意を分散するので精いっぱいのようだった。


 2人だけで戦えば、このまま凌ぎ続けるだけでダメージを与えることはできず敗北してしまうだろう。

 しかしこの場にはもう1人シーカーがいた。

 前衛が時間を稼いでいる間に、しずくは魔術の準備を行っていた。


「撃ち抜け――射出する水球ウォーターボール!」

 

 術式を展開し終えた彼女は、杖を前に突き出して叫ぶ。

 そうして放たれたのは水属性の初級魔術だ。

 火を纏う相手に水属性を選択すること、それ自体は決して間違っていない。

 しかし――


「バウッ!」


 炎の獅子イグニス・レオが勢いよく首を振り、炎のたてがみを盾にする。

 水球はその盾に阻まれ、触れると同時にジュゥという音を立てて一瞬で蒸発していった。

 発想自体は悪くなかったが、アレではさすがに火力が低すぎる。せめて中級以上でなくては、あの炎の盾を突破することはできないだろう。


「うそっ!? 水魔術でもダメージ一つ与えられないなんて……」


 その結果を見て、雫は絶望の表情を浮かべていた。

 自分の魔術では炎の獅子イグニス・レオには一切通用しないと思っているようだ。


 まあ実際のところとして、炎の獅子イグニス・レオが炎を盾にしたのはそれ以外の部位に当たるとダメージを浴びると思ったからなんだろうけど……

 さすがに探索者歴半年の雫に、そこまでの分析力を求める方がこくか。


 それにそもそも、彼女は決して一人で戦っているわけではない。


「いや、まだだ!」

「やっと隙を見せたな!」


 水球を防ぐために強引に身を捻ったため生まれた炎の獅子イグニス・レオの隙をつき、優斗が上段から斬りかかり、緋村がシールドチャージを狙う。


 2人の狙いは見事的中。

 ドゴォン! という衝撃音と共に、二つの攻撃が炎の獅子イグニス・レオに直撃する。

 巨大な体躯から血が勢いよく噴き出した。


「よし、入った!」

「こっちもだ! この調子でダメージを与えていけば倒せるはず――」


 しかし、問題が起きたのはその直後だった。

 大ダメージを受けたはずの炎の獅子イグニス・レオだが、その場から退避しようとはしない。

 それどころか四本足でより強く地面を掴み、空を見上げて大きく口を開いた。



「ウォォォォォオオオオオン!」

「なっ!」「これはっ!?」



 炎の獅子イグニス・レオが雄叫びを上げると同時に、傷口から赤色の魔力が放出される。

 その放出によって2人は軽々と弾き飛ばされ、勢いそのままにボス部屋の壁に叩きつけられた。


「優斗! 真司! いま治癒魔術をかけに――ッ!」


 その光景を前にし、困惑しながらも助けに行こうとする雫。

 しかし炎の獅子イグニス・レオの鋭い眼光に射抜かれ、その場から一歩も動けなくなる。


「……し、ずく……俺たちはいい……」

「早く、にげろ……」


 傷だらけになりながら2人が告げる言葉も、雫には届かない。



「ガルゥゥゥウウウウウ!!!」

「――――――ッ」



 呆然と立ち尽くす雫に対し、炎の獅子イグニス・レオは唸り声を上げながら襲い掛かり――




「【超越せし炎槍アルス・フレイム】」




 ――刹那、俺は瞬時に構築した上級魔術を解き放った。


 ドォォォオオオオオン!!!


 鍛え上げられた火焔の槍が、そのまま炎の獅子イグニス・レオの頭に直撃する。

 耳をつんざくような爆発音が鳴り響き、生じた煙が敵の巨躯を覆った。


「……え?」


 突然の出来事に、困惑しながらもやもやと揺れる煙を見つめる雫。

 俺はゆっくりと歩を進めていき、彼女の前に立った。


「……蓮夜さん? 危ないから後ろに下がっていたはずじゃ……って、そんなことより! いったい今、何が起こって――」


 どうやら雫はまだ混乱から抜け出せていないようだ。

 いま言葉をかけても処理が追い付かなくなるだけだろうし、いったん彼女は放置して前だけを見据える。


 数秒と経たないうちに煙が晴れる。

 そこには顔面に多少の火傷痕こそあるものの、大ダメージを負ったとはとても言えない状態の炎の獅子イグニス・レオが立ちはだかり、怒りの満ちた目で俺を睨みつけていた。


「ふむ、さすがの火耐性だな。瞬間構築した上級魔術ではその程度のダメージしか与えられないか。かといってブラッディゴーレムのように時間をかけて術式を組む時間を与えてくれるような甘いモンスターではない――」


 状況を簡潔にまとめた後、俺はこくりと頷く。


「なるほど、なかなか骨が折れおもしろそうな敵じゃないか」


 本当なら雫たちだけで倒すのが一番だったのだが、状況が状況だ、仕方ない。

 俺自ら前線に出ても文句は言われないだろう。

 

 相性は最悪。

 現時点でのステータス差も明白。

 眼前に立ちはだかるそんな格上エサに対し、俺はにやりと笑って告げた。



「――さあ、どう調理してみせようか?」

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