第7話 エクストラボス
ボス部屋の扉が閉まると同時に、3人は俺に詰め寄ってくる。
真っ先に口を開いたのは蒼井 優斗だった。
「お、おい、何考えてんだ蓮夜。ふ、二日ってお前……いや、さすがに聞き間違いだよな!? 探索者カード見せてくれ!」
探索者カードとは、シーカーの身分証明書のようなもの。
そう言えば昨日、講習の後にもらったな。
「どうぞ」
俺は真っ白な探索者カードを取り出し優斗に見せる。
すると優斗は顔を真っ青にする。
「……マジかよ、本当に登録日が昨日じゃねえか。どうやって最下層までやってきたんだよ」
「そういえば最近、モンスター避けの魔道具が売り出されたって聞いたな」
「それを使って来たわけか? 無謀すぎんだろ……」
さんざんな言われようだ。
どう弁解しようか考えていると、隣にいる雫が頭を下げてくる。
「優斗たちがごめんなさい、蓮夜さん。だけど私も、探索者歴二日目でそんなことをするのはよくないと思いと思います……」
「……ふむ」
まあ初めから分かっていたことではあるのだが、二日でボスに挑むのは異常中の異常らしい。
こんな中「実は前世が魔王で~」と説明しても頭のおかしい奴だと思われるだけだろう。
仕方ない。実戦で実力を証明するしかないか。
「問題はどのボスが出てくるかだが……」
初級ダンジョンのボスは幾つかの候補からランダムで選出される仕組みになっている。
例えばこのダンジョンだと(昨日ネットで改めて調べなおした)、
女性の姿をした半人半鳥のモンスター【ハーピー】。
爪や牙に毒をまとった虎のモンスター【デスバイトタイガー】。
人間と狼の特徴を併せ持った驚異的な身体能力を誇るモンスター【ウェアウルフ】。
の中から一体が出現することになっている。
どれも初級者が戦うには非常に強力で厄介なモンスターだ。
まあ、パーティー全員が30レベルを超えていれば問題なく対処できる程度の難易度ではあるだろうけど。
それよりも今、俺には気がかりなことがあった。
俺の探索者カードを見るのに躍起になっていた優斗たちも同じことに気付いたのか、不思議そうな顔で周囲を見渡す。
「あれ? まだボスは出現しないのか?」
「確かに、ボス部屋に入ったらすぐに戦闘が始まるって聞いてたけど……」
さらに雫が不安げな表情を浮かべながら俺に向かって言う。
「蓮夜さん、何か変な気がします……」
なぜ俺に言うのかは分からないが、彼女の予想は正しかったようだ。
直後、ボス部屋全体にシステム音が響き渡る。
『条件の確認が終了しました』
『今回の挑戦を
『エクストラボス:【
「……は?」
「なっ……」
「……へ?」
「ふむ」
各々がリアクションを取る中、突如としてボス部屋の中心に
炎のたてがみを纏い、全身が熱を帯びたように赤く染まった獅子。
サイズはかなり大きく、高さだけで3メートルはあるだろうか。
まあ一言で表現するなら、かなり強そうなモンスターだった。
というかなんだエクストラボスって、俺も知らないんだけど。
戸惑っている俺の横で、優斗たちも動揺していた。
「おい、どうなってる!? こんなの事前に調べた情報になかったぞ!」
「雫、鑑定を!」
「う、うん。鑑定結果【
「「なっ!?」」
優斗と緋村が同時に声を張り上げる。
「う、嘘だろ。そんな奴に俺たちが勝てるのか……?」
絶望の声を漏らす優斗。
その後ろで俺は疑問を抱いていた。
というのも、前世の記憶を遡っても初級ダンジョンにエクストラボスを配置した記憶がないのだ。
いったい何が起きているのか。システム音はさっき規定人数がどうとか言っていたけど――
「――そうだ! 思い出した!」
そのタイミングで、俺の天才的頭脳は全ての原因を思い出した。
それは前世の記憶。
勇者育成計画が実を結び、少しずつダンジョンの挑戦者が増え、初級ダンジョンを攻略する者が出始めた頃。
事前に情報を集め、危なげなく攻略してしまう彼らに俺は不満を覚えていた。
『サプライズが足りない』
苦戦のないボスに何の意味があるのか。
このままでは彼らの成長の機会を奪ってしまう恐れがある。
ワンダーリング・ボスに関しても、最近は出会った瞬間に逃げれば安全だと知れ渡ってしまったし。
どうにかしてこの現状を変えなければ――
そこで俺は閃いた。
『そうだ! ランダムなタイミングで通常より強力なエクストラボスが出現する仕組みにしよう!』
『――――は?』
側近の間抜けな声を聞き流し、俺はアイディアの磨き上げに入る。
ランダムでとは言ったものの、仕組みにする以上は何らかの規則性をもたせる必要がある。
悩むところだが、ひとまずは初級ダンジョン全体で一定人数がボスに挑戦するごとに――としておこう。
例えば100人挑戦するたびに一回、エクストラボスが出現するようにする。
これによって挑戦者には新たな試練と成長を、それ以外の者には緊張感を与えられる――
なんて完璧なアイディアなんだ。
自分の天才的頭脳に恐れおののいていると、側近が慌てて止めに入ってくる。
『ま、魔王様、それはさすがに無茶かと! 挑戦者が命を落とす確率が跳ね上がりますよ!? いえ、わたくし個人としてはどちらでもいいんですが!』
『む』
そういえばコイツ自身は魔族以外根絶やし隊所属だったか。
まあそれはさておき、今回ばかりは側近の言うことも一理ある。
ワンダーリング・ボスと違って、閉ざされたボス部屋ではもしもの場合に退避する手段がない。
だからといって扉が開かれたまま戦闘を行うのは趣に欠けるし、今回はさすがにボツにすべきだろう。
そんな流れで悩みに悩んだ末、結局この案は取り下げることになったのだが――
既に完成間際まで作った術式を見ながら、魔王時代の俺は名残惜しくなってしまった。
(うーむ、このアイディアを完全になくすのは惜しいな。そうだ、100人だと頻度が高すぎるかもしれないが、もっと規定人数を増やしてやればうまくいく可能性が――)
「魔王様?」
「――あ」
「どうかされましたか?」
「い、いや、なんでもない。それより早く次の案を考えるぞ!」
声をかけられた拍子に誤って術式を発動してしまった俺は、マントを靡かせながらそう言った。
よし、これで何とか誤魔化せたに違いない。
実際に発動してしまったらバレるだろうが、発動直前にテキトーに規定人数の変数をイジッていたため数百万人以上という天文学的数字になっていたはず。
悲しきかな、この世界でそれだけの挑戦者が訪れる日はこないだろう……
当時の俺はそう考えたし、実際にそんな日が訪れることはなかった。
だから今日この時まで、そんな仕組みがあることすら忘れていたのだが――
「――まさか地球で初めて発動するとはな」
だからこそ設定した規定人数に到達することができたのだろう。
そして、その現場に自分も居合わせたという奇跡に、思わず感動の涙を零しそうになる。
この感動を、この場に居合わせた雫たちとも分かち合いたい。
そう思い3人を見ると、何故か全員が絶望的な表情を浮かべているのだった。
不思議だね。
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