第6話 臨時パーティー

 攻略を始めてから、ボス部屋にたどり着くまでにかかった時間は4時間。 

 得られた成果としては、3レベルアップとなった。


「まあ、順調な方か」


 ここまでの感想を零しつつ、俺は眼前にそびえ立つ大きな扉を見上げた。


 ダンジョンのボス部屋には基本的に荘厳な扉が備え付けられており、中心には巨大な宝石が埋め込まれている。

 宝石はボスへの挑戦者がいるかどうかを知らせるためものであり、平常時は青色、挑戦者がいる場合は赤色に輝くようになっている。


 なぜこのような構造にしたのか――それは当然、かっこいいからである。

 ダンジョンの最奥に待ち受けるボスが、何もないただの広間にいたら興ざめだからな。

 もっとも突如として出現する隠しボスなんかだったら、その限りでもないんだが……


 っと、それはさておき。

 改めて宝石を確認してみると、青色の輝きを放っていた。


「よし、今は挑戦者がいないみたいだな」


 初級ダンジョンのボスは討伐後、再出現までに12時間を必要とする。

 既に倒された後なら、あやうく手持無沙汰になるところだった。


「少し休憩してから挑むとするか」


 ここにくるまでの戦闘で、2割弱の魔力を消費してしまっている。

 このままでも問題なく勝てるとは思うが、万全な状態で挑んだ方がいいのは間違いない。

 懸念点が全くないというわけでもないからな。


 というのも、多くのボス部屋には人数制限があり、たとえばこのダンジョンでは同時に4人までしか挑戦できない。

 すなわちパーティー前提の難易度になっており、それをたった1人で攻略しようというのだ。

 昨日のオーバーフローもそうだが、今の脆弱な体では戦闘中にどんな予想外の事態が生じるか分からない。

 念には念を入れておくべきだろう。



「……そろそろいいか」


 休息を挟むこと30分。

 十分に英気と魔力が戻ったのを確認した俺は、扉に触れ――


「……あれ? 誰かいるんですか?」


 ――ようとした瞬間、そんな声が聞こえた。

 俺は伸ばした手を止め、声のした方へ視線を向ける。


 するとそこには、若い3人組の探索者が立っていた。

 青年2人、少女1人のパーティーだ。

 俺と同じようにボスに挑みに来たんだろう。

 既に先約がいるのを見て、驚いた表情を浮かべていた。


「そっちもボス目当てか?」


 俺は体ごと彼らの方を向き、疑問を投げかける。

 すると先頭にいたローブ姿の少女がこくりと頷く。


「は、はい。そのつもりだったんですけど……そう訊くってことは貴方もそうなんですよね?」

「ああ、今から挑むつもりだった」


 そう答えると、3人は困ったように顔を見合わせた。

 ダンジョン内では基本的に早い者勝ちなので、彼らを無視してボス部屋に入っても文句は言われないだろうが、それはさすがに気が引ける。


「……とりあえず自己紹介でもするか。俺は神蔵かみくら 蓮夜れんや、ソロで活動している」

「ソロなんですか、珍しいですね。こちらは見ての通り3人パーティーで、それぞれの役割は――」


 その後、彼女たちは一人ずつ名前と役職を教えてくれた。

 まず先ほどから俺と話している、クリーム色の長髪にローブを羽織った少女が蒼井あおい しずく

 役職はヒーラー兼魔術師。


 続けて赤みがかった茶髪が特徴的な青年の名前が蒼井 優斗あおい ゆうと

 役職は剣士で、意外にもこちらがパーティーのリーダーらしい。

 それから大きな盾を持った黒髪の青年が緋村 真司ひむら しんじ、役職はタンク。


 そこまで聞き、俺は一つの疑問を抱いた。



「蒼井雫と蒼井優斗……2人は苗字が一緒なのか」

「はい、私と優斗は従兄妹同士なんです。分かりづらいですし、神蔵さんさえ良ければ下の名前で呼んでください」

「分かった。そういうことなら、俺のことも蓮夜でいい」

「は、はい! よろしくお願いします、蓮夜さん!」



 その後さらに話を聞くに、どうやら元々3人ともが幼馴染みらしい。

 このダンジョンを攻略するパーティーとしては中途半端な人数だと思っていたが、そういう事情があったのか。


 ……ん? 中途半端?


「あ~、それにしてもちょっとタイミングが悪かったな。まさかボス挑戦のタイミングが被るなんて、こりゃまた明日出直すしかないか」


 あることを閃いた俺の横で、リーダーの優斗が悩ましげな表情で呟く。

 そんな彼に向けて、俺は一つ提案する。


「そういうことなら一緒に挑むか? 人数制限的には問題ないだろうし」

「ん? そういや、確かに4人まで同時に挑めるって聞いたな……けどいいのか? クリア報酬はともかく、経験値なんかは4等分になるだろうけど」

「俺は構わない」


 そう伝えると優斗たちにとっても渡りに船だっただろう、3人で話し合いをして、すぐに結論が出たようだ。


「それじゃあ、頼んでもいいか?」

「ああ」


 優斗の要望に頷く。

 こうして、俺たちは臨時パーティーを組み4人でダンジョンボスに挑むことになった。



 ボス部屋に入るには扉に魔力を流す必要がある。

 その役目を優斗に受け持ってもらっている途中、隣にいる雫が話しかけてきた。


「あの、蓮夜さん、本当にありがとうございます! 私たちと臨時パーティーを組んでくれて!」

「気にしなくていい。むしろ俺としては歓迎してるくらいだ」

「そうなんですか?」

「ああ」


 雫に伝えた言葉は決して嘘ではない。

 魔王時代、俺に並ぶ実力者はおらず、たった一人で戦場に立つことがほとんどだった。

 それに対して勇者はパーティーを組んで強敵に挑むもの。

 仲間と協力し強敵を打ち破る姿に、一度たりとも憧れを抱かなかったといえば嘘になる。


 そもそもダンジョンボスをパーティー前提の難易度にしたことも同じ理由からだった。

 1人では倒せない相手でも、仲間と共になら打ち勝てる。そういう意思を持った勇者を生み出したかったという一面もある。

 まさか転生を経て、自分がその立場に身を置くことになるとは。

 これはこれで感慨深いものだ。


 現状に満足している俺の横で、雫が小さく笑う。


「だったらよかったです。私たちもシーカーになって早半年、そろそろ中級ダンジョンに行くべきだと一念発起して今日やってきたんです。蓮夜さんのおかげで、この勢いのままボスに挑めます!」

「……ほう」


 これは驚いた。

 事前に調べた情報では、一年以内に初級ダンジョンを突破すればかなり才能があると書かれていた。

 それを半年でとは……大したものだ。

 雫たちは相当な天才なのかもしれない。


 そうこうしているうちにも扉が開き、俺たちはボス部屋の中に歩を進める。

 その途中で俺は率直な感想を口にした。



「半年でボス挑戦までこれたのか、すごいな」

「え、えへへ、ありがとうございます。そうは言ってもようやく全員がレベル30を突破した程度なんですけどね……あっ、でもでもそれを言うなら蓮夜さんの方がすごいですよ! たった一人でボスに挑むなんて、相当な実力と自信がないとできないはずです! 失礼でなければ、蓮夜さんの探索者歴をお聞きしても……?」

「二日」

「…………へ?」



 素っ頓狂な声を漏らす雫。

 返事がうまく聞こえなかったのかもしれない。

 あと何故かは分からないが、同時にバッと振り向いた優斗や緋村にも伝わるように繰り返す。


「いや、だからまだ探索者になって二日目なんだが……」


 一瞬静まり返るボス部屋。

 そして――



「「「え、えええぇぇぇぇぇ!?」」」



 部屋いっぱいに広がる三人の叫び声。

 そんな彼女たちの声を飾り立てるように、ガタンという音を立てて扉が完全に閉まるのだった。

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