第5話 初級ダンジョンの最奥へ

 ブラッディゴーレム討伐後、しばらく場は沈黙が支配していた。

 1分近くそんな状況が続いた後、小西が「はっ」と意識を取り戻す。



「か、神蔵くん、今いったい何を……逍遥する排斥者ワンダーリング・ボスを倒したのか? い、いやいやそんなわけが、きっとここに来る途中で他のシーカーがダメージを入れていたんだろう。それで神蔵くんがたまたまトドメを……いや、それではあの魔術の威力については説明がつかな……(ぷしゅ~)」

「ちょっ、お、おい、小西!?」



 かと思いきや、再び脳の処理が追い付かなくなったのか、頭から蒸気を発しながら崩れていく小西。

 その姿を見て、遅れて動き出した他の先輩シーカーたちが慌てた様子で小西の体を支えていた。


 いずれにせよ、全員無事なようで何よりだ。

 俺はゆっくりと右足を前に踏み出し、彼らのもとへ行こうと――


 ガクン


「……む」


 ――した直後、なんと膝が崩れた。

 全ての魔力を使い果たすつもりで放った【超越せし炎槍】だが、今の体で耐えきれる出力ではなかったようだ。

 言い換えるなら、これも一種のオーバーフローか。


「これから魔術を扱う際には、その辺りについても気を付けないとな」


 俺は小さくそう呟いた。



 その後、ワンダーリング・ボスの出現というイレギュラーな事態が発生したこともあり講習は終了となった。

 必要な工程は既に済んでいたため、これで晴れて正式に探索者となれたわけだ。


 俺がブラッディゴーレムを倒した件については、小西たちの理解を超えた事柄だったようで、細かいことについては考えないようにしたみたいだった。

 ……まあ、俺としても面倒ごとが避けられるし文句はない。


 それよりも俺は今、これからどんな風にダンジョンを攻略していくかについて考えるのに必死なのであった。



 ◇◆◇



 その日の夜。

 自室にて、俺は今後のことについて考えていた。


「今日の講習を終えたおかげで、明日からはソロでもダンジョンに潜れるようになったが……それでも現時点では初級ダンジョンしか探索できないんだよな」


 中級以上の難易度に挑むためには、いずれかの初級ダンジョンの最奥に待ち構えるダンジョンボスを倒す必要がある。

 改めてネットで日本における傾向を調べてみたところ、探索者デビューしてから初級ダンジョンを突破するまでに基本は2~3年かかり、1年未満で攻略できればかなりの才能があると言われているらしい。


異世界向こうじゃ初挑戦でそのままクリアしてしまう奴もいたが……元からそれなりに戦闘経験がある奴らだったからな。ダンジョンに入って初めて力を得られるこっちの世界では、それなりに時間がかかるってことか」


 ちなみにダンジョンボスの実力としては、前世の知識から想定するにワンダーリング・ボスと同水準と考えればいい。

 もっとも、探索者に驚きと目標を与えるために出現するワンダーリング・ボスと異なり、ダンジョンボスは明確な殺意を持って挑戦者に襲い掛かってくるため、厄介さでいえばダンジョンボスの方が大きく上回るはずだ。


 俺は自分のステータスを改めて確認する。



――――――――――――――――――――


 神蔵 蓮夜 20歳 レベル:18

 職業:なし

 攻撃力:63

 耐久力:61

 速 度:63

 魔 力:65

 知 力:65

 スキル:上級魔術適性(火)Lv1


――――――――――――――――――――



「ブラッディゴーレムを倒したことで、一気にレベルが18まで上がった。ダンジョンボスがレベル30前後と仮定しても、上級魔術を直撃させれば問題なく倒せるはずだ」


 無論、ブラッディゴーレムと違い回避してくるだろうが、そこは持ち前の経験と技術でどうにでもできる。

 むしろ張り切りすぎてオーバーフローを起こしてしまわないように気を付ける方が大切だろう。


「初級ダンジョンを探索したところで、大して強いモンスターも現れないし、特別な武器やスキルが得られるわけでもないからな。早く突破できるならそれに越したことはない」


 今日のようにワンダーリング・ボスが現れるなんて滅多にないし、【進呈の間】は特例中の特例。

 さらなる力を欲するなら、さっさと中級ダンジョンに行ってしまった方がいい。


「決まりだな」


 そんな風にして、俺はさっそく明日、初級ダンジョンのボスに挑むことを決意するのだった。



 ◇◆◇



 翌日。

 一人で第六初級ダンジョンの攻略を開始してから、早くも2時間近くが経過しようとしていた。


 浅層や中層ではモンスターが俺との実力差を察してかほとんど襲われることはなく、順調に進むことができた。

 変化が起きたのは、深層に足を踏み入れた直後だった。


「グルルゥ」

「ガルルゥ」

「ほう、ようやく来たか」


 目の前に灰色の毛並みが特徴的な、人と犬が混ざったかのような魔物――コボルトの群れが立ちふさがった。

 ひぃ、ふぅ、みぃ……と。数は全部で8体か。

 それぞれが槍や棍棒といった武器を手に持っている。


 このダンジョンの深層では、討伐推奨レベル20以上のモンスターが数多く出現する。

 コボルトも例にもれず、それくらいの強さはあるはずだ。

 俺が纏う魔力を見て罠をかけずとも簡単に倒せる獲物だとでも思い、喜んで姿を現したのだろう。


 しかし――


「悪いが――獲物エサはお前たちの方だ」

「ッッッ!? バウッ!」


 殺気を込めた魔力を少し当ててやると、冷静さを失ったコボルトが一斉に襲い掛かってくる。

 次々と繰り出される攻撃を躱しながら、どう調理すべきかを思考する。


 前世の経験と技術からコボルトなど敵ではないと考えてはいるが、現時点の身体能力で負けているのは間違いない。

 普通に初級魔術を放っただけでは倒しきれないだろうし、だからと言って中級以上を使うのは魔力効率が悪すぎる。

 ボスに向けてある程度は魔力を温存しておきたい。


「なら、これか」


 方針を決めた俺は、体内の魔力に意識を向ける。


「――火炎の矢ファイアアロー


 唱えたのは火属性の初級魔術・火炎の矢。

 赤色の術式が俺の手のひらに出現し、先頭にいるコボルトに狙いを定める。

 しかし先ほども言った通り、このままでは一撃で倒しきることはできない。

 ならばどうするか、答えは簡単だ。


 術式には威力や指向性の他に、射程といった変数も存在する。

 ファイアーアローの基本射程は30メートルで、魔術師が遠距離からモンスターに攻撃するためには重要な要素となっている。


「だが、今の俺には必要ない」


 魔術は遠距離から放つためのものというのは、あくまで定石に過ぎない。

 状況によって自由自在に書き換えるべきものだ。


 というわけで、さっそく変数を調整する。

 射程を30メートルから1メートルに、その分の余った魔力を威力に注ぎ込む。


「さあ、喰らえ」


 俺はコボルトの攻撃を躱すと、そのまま0距離まで近づき魔術を放った。



「術式変換――【無距離火炎(ゼロ・ファイア)】」

「ゴフゥっ!?」



 直撃、それと同時に爆発。

 初級魔術と同じ消費魔力量でありながら中級魔術以上の威力を誇るその火炎によって、一撃でコボルトの体が爆散する。

 木っ端みじんだ。


「ふむ、これでもまだ威力が高すぎるのか。ならば次はもう少し射程と指向性にも魔力を分散させ――」

「ガウゥ!?」

「ギャウン!」

「クゥゥウン!?」


 とまあそんな感じで、最終的には一撃で3体ものコボルトを討伐する変数を見つけつつ、俺は無事に群れを討伐するのだった。



『レベルアップしました』



 討伐後、脳内に鳴り響くシステム音に感嘆の息をつく。


「ほう。初級のモンスターでは敵にならないと思っていたが、ステータス差のおかげである程度の経験値はもらえるのか。これは嬉しい誤算だな」


 この調子なら、最下層につくまであと幾つかレベルアップできそうだ。



 その後、さらにモンスターとの戦いを繰り広げながら進むこと二時間。

 俺はダンジョンボスが待ち受ける扉に前にたどり着くのだった。



――――――――――――――――――――


 LvUP↑

 神蔵 蓮夜 20歳 レベル:21

 職業:なし

 攻撃力:72

 耐久力:70

 速 度:73

 魔 力:75

 知 力:75

 スキル:上級魔術適性(火)Lv1


――――――――――――――――――――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る