第4話 超越せし炎槍

 ワンダーリング・ボス――すなわち徘徊するボスキャラ。

 俺はその存在に心当たりがあった。


 というのも、それは今ではなく前世の話。

 勇者育成用のダンジョンを作り始めて間もない頃、数は少ないがダンジョンに挑戦しに来てくれる者が何人かいた。

 しかし初心者用に難易度を下げすぎたのがいけなかったのか、その多くが気軽にモンスターを狩りに来るだけで、ほとんど成長することはなかった。


 これは非常に由々しき事態。

 いつまで立っても俺のもとにはたどり着けないだろう。

 考えに考え抜いた結果、俺は妙案を思いついた。



『そうだ! 各ダンジョンに、ランダムで出現する強力なボスを配置しよう!』

『……は?』



 初心者ではまず倒せないほどに強力なボスを各ダンジョンに配置する。

 そのモンスターと遭遇した者は自らの実力不足を実感し、より強くなるため修行に励むことになるだろう。

 初心者でも逃げることに徹すればなんとかなるようノロマなモンスターに限定しておけば、リスクヘッジとしても問題なしだ。


 それはまさに完璧パーフェクトゥ計画アイディ〜ア(いい発音)。

 側近からは『魔王様、馬鹿なんですか?』と言われたりもしたが。まったく、今思い出しても不敬な奴だ。我魔王ぞ。


 ちなみにこの仕組みを導入以降、逃走した探索者のうち99%が、二度とダンジョンに挑戦することはなかった。

 きっとそれからずっと鍛錬を続けているのだろう。

 まあ、逃走から100年以上経っても現れない者がほとんどだったのだが……その間に人族の寿命が延びたと考えれば全て納得だ。我天才。



 とまあ、前世の思い出はほどほどに。

 現状はそこまで余裕を見せれる状況ではなさそうだ。



 ブラッディゴーレムは攻撃力と耐久力に能力値が全振りされており、反面動きが非常に遅い。

 俺や小西たちなら逃げるのは難しくないだろう。


 問題は数十人にも及ぶ新人シーカーの存在と、この広間が行き止まりになっているという事実。

 さすがにこの状況では、戦闘経験0の彼らが全員生き延びるのは不可能だ。


「……仕方ないか。俺がいた種でもあるしな」


 小さく息を吐き、俺はブラッディゴーレムに向かってゆっくりと歩を進める。



「どうする小西? 俺たちが囮になるか?」

「……それしかないだろう。入り口に陣取られてる以上、被害を0にはできないだろうが、それでもできる限りのことをやるしかない」

「割のいいバイトのはずが、とんだことに巻き込まれちゃったわね……」

「仕方がない。全員、覚悟を決めろ! 私達で一秒でも時間をかせ――っておい、神蔵くん!?」



 いい感じに盛り上がっている小西たちの間を抜け出たタイミングで呼び止められてしまった。

 俺は振り向くことなく言葉を投げかける。



「アレは俺が倒します、小西さんたちは下がっていてください」

「なっ!? 馬鹿を言うな! アイツはレッドファングとは格が違う! 身のこなしでどうこうできる相手ではないんだぞ!?」

「大丈夫ですよ。それにちょうど、覚えたばかりのコレ・・を試したいところでしたから」



 それ以上、言葉を紡ぐ気はない。


 ブラッディゴーレムに向かい合った俺は、右手の人差し指と中指を突き付けるようにして構え、小さく口を開いた。


火炎の矢ファイアーアロー


 唱えると同時に、システムによって自動的に火属性の魔力で作られた術式が出現する。

 あとは術式を開放するだけで、無事に魔術は発動するだろう。



 だが、ダメだ。

 こんなものでは・・・・・・・まだ全く足りない・・・・・・・・



「魔術をぶつけるつもりか!? だが無茶だ! 初級魔術程度、簡単に弾き返されるぞ!」


 小西の言葉は正しい。

 このまま放ったところで、ブラッディゴーレムを討伐することは不可能だろう。


 魔術とは本来、魔導書で基本術式を習得した後、自らの魔力に合わせて改良していく必要がある。

 だがシステムが生み出すものは、基本術式の段階で止まっている。

 それこそが先ほど違和感を覚えた部分でもある。

 これでは安定性はあるものの、威力・規模・指向性の変数が不十分と言わざるを得ない。


 ならばどうすればいい?

 その答えなど一つしかない。



「簡単な話だ。現状で足りないのなら――より強靭な形に書き換えて・・・・・しまえばいい・・・・・・



 魔力を注ぎ、力尽くで術式に新たな変数を加えていく。

 術式は書き換えられ、より強力な魔術へと変貌する。


 ただ、これでもなお足りないことを感覚的に理解していた。

 ならば――――


「――――魔よ、集い、廻れ」


 レッドファングを呼び出した時と同様、錬成して質を高めた魔力を術式に注ぎ込んでいく。

 さらに術式内で魔力を圧縮し空間を生み出すことにより、強引に注ぎ込める絶対量を増加させる。

 通常ならば術式が耐え切れず魔術が暴発してしまうような方法だが、卓越した技能によって俺は不可能を可能にしていた。


 練り上げ、注ぎ、凝縮させる。

 その一連のサイクルを、限られた時間の中で魔力が尽きるまで永遠に繰り返す。



『一定の熟練度を満たしました』

『スキル【初級魔術適性(火)Lv8】に進化します』

『一定の熟練度を満たしました』

『スキル【初級魔術適性(火)Lv10】に進化します』

『一定条件を満たしました』

『スキル【中級魔術適性(火)Lv1】を獲得しました――――



 怒涛の勢いで脳内に鳴り響くシステム音。

 だがそれに意識を割いている余裕はない。

 魔力の流れは加速度的に増し、やがて臨界点を迎える。


 さあ、お披露目といこう。


「いくぞ、ブラッディゴーレム」

『ッッッ! ゴルォォォオオオオオオオオ!』


 俺が纏う魔力に圧倒されながらも、なお歯向かおうとする格上エサに対して――――



『一定の熟練度を満たしました』

『スキル【中級魔術適性(火)Lv7】に進化します』

『一定の熟練度を満たしました』

『スキル【中級魔術適性(火)Lv10】に進化します』

『一定条件を満たしました』

『スキル【上級魔術適性(火)Lv1】を獲得しました』



 俺は、その一撃を放った。




「術式変換――【超越せし炎槍アルス・フレイム】」




 刹那、鍛え上げられた火炎の槍が、周囲一帯を崩落させるのではないかと思わせるほどの轟音とともに放たれた。

 指向性の変数を加えたことにより、後方への影響はなく、大気中の酸素を燃料に膨れ上がりながら一直線にブラッディゴーレムへと向かう。


 そして、接触。

 拮抗することは、一瞬としてなかった。

 炎槍が持つ莫大な熱量によって岩石の鎧は瞬時に蒸発し、その巨体を貫く。

 それでもなお勢いを落とすことなく推進する炎槍。

 やがて遠くから、耳をつんざくほどの爆発音が鳴り響くのと時を同じくして、大穴の空いたブラッディゴーレムだった何かがその場に崩れ落ちた。


 その光景を見て、俺は討伐完了を確信する。


「これで無事、終わりましたよ」


 振り返り、皆を安心させるためにそう伝える。

 しかしその言葉に対する返事はなく、



「「「……………………」」」



 そこにはただ、ぽかーんと口を開けた小西たちの姿だけがあった。

 まるで何が起きたか分からないとでも言いたげな表情だ。


 それほどまでに、彼らにとっては規格外の光景だったのだろう。

 仕方ない、もう少しこのまま待つとしよう。



『レベルアップしました』

『レベルアップしました』

『レベルアップしました』

『レベルアップしました』

『レベルアップしました』

『レベルアップしました』

『レベルアップしま――――



 待っている間に鳴り響くシステム音。

 それをファンファーレにして、俺は改めて決意を固める。

 前世の記憶と力を駆使し、瞬く間に最強の座まで駆け上がってみせようと。



「さあ、次は――どんな強敵が俺を待ち受ける?」



――――――――――――――――――――


 LvUP↑

 神蔵 蓮夜 20歳 レベル:18

 職業:なし

 攻撃力:63

 耐久力:61

 速 度:63

 魔 力:65

 知 力:65

 スキル:上級魔術適性(火)Lv1


――――――――――――――――――――

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