記録1:祠と解けない雪⑧
初芽が止める間もなく、冴子は持ったままのスノードームを逆さにする。九割が雪に埋まっているせいで、逆さにしても中の人形は見えない。しかし、土台についている、真っ黒な足らしき二本の棒だけは確認できた。
その瞬間、入口の方、背中側に気配を感じた。集落の人間に気づかれたかもしれない。冴子も同じことを考えているのか、初芽を二回、肘で突いた。三回目に突かれたタイミングで、同時に懐中電灯を向ける。
そこにいたのは、人型を保っている真っ黒な異形だった。明らかに人間ではない。全身が黒すぎるせいで、顔のパーツの有無や着衣の状況、それすらも判別できない。
黒い異形は数秒間ゆらゆらと揺れていた。が、次の瞬間には、冴子達に向かって走り出していた。足音もなく、高速で近づいてくる。いつもは澄ましている初芽も、半ばパニックになっていた。
「……はっ! まさか、封印かっ!」
一人冷静だった冴子は、急いでスノードームを反対にし、祠に置く。これで、見つけた時と同じ状態に戻った。
黒い異形のスピードは衰えない。残り五メートル、四メートル……と距離を縮めてくる。スノードームの雪は、天井のドームから地面の土台へと落ちていく。真っ黒な二本の棒が、一センチ、二センチ……と埋まっていく。
冴子を信じている初芽は、スノードームの雪が反対まで落ちきるのを待つしかない。心臓が、うるさいくらいに音を立てる。その時、隣にいた冴子が手を握ってくれた。少し震えていて、緊張しているのが伝わる。
人影との距離が一メートルをきった。間近に迫っても、その顔から表情を読み取ることはできない。全身が闇に包まれている、と表現して差し支えないだろう。初芽は悲鳴を上げそうになったが、冴子が手を握っていたお陰で、口を開かずに済んだ。それと同時に、スノードームの雪がドーム部分から土台に落ちきる。真っ黒な二本の棒は、祠の力を得た雪に埋まっていった。黒い異形は、スノードームに吸い込まれていく。
冴子と初芽は顔を見合わせて、大きな溜息をついた。全身から力が抜ける。脱力してへたり込み、何度も深呼吸して息を整えた。
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