記録1:祠と解けない雪⑤
灯りを点けていないから、壁を伝って歩くしかない。しかし、一本道なのが功を奏した。お陰で、道が見えなくても簡単に辿り着ける。壁は洗った食器のようにつるつるで、手を怪我することもなかった。床に障害物はなく、転ぶこともない。かなり丁寧に舗装しているのか、暗闇でも移動しやすかった。
「さて、初芽。君の出番だ。頼んだぞ」
「……は?」
冴子は、嬉しそうに祠から二、三メートル離れた位置に移動した。小さい懐中電灯を点け、初芽の手元を照らす。
冴子の行動の意味が分からず、彼女と祠を目で往復する。
「もしかして、一人で動かせってことですか」
「もちろんだ! 初芽は前に、巨漢を投げ飛ばしたことがあるだろう。先生のブログによれば、祠の重さは六十五キロだ。巨漢を投げ飛ばした君なら、理論上は一人で持てる」
「たった二人で祠の向きをどう変えるんだろうって思ってましたけど、そういうことですか。私の負担が大きすぎます」
言うだけ言ってみたが、初芽が祠を動かさないと、この先の作業に進めない。冴子は梃でも動かないし、こんな危険な場所に一人で置いていくわけにもいかない。
幸いにも、横幅は一人で持てる大きさだった。初芽は、腕を伸ばして抱えるように祠を持つ。冴子の言う通り、巨漢よりも簡単に持ち上がった。
まずは、壁から三メートルほど距離を取る。次に、自分ごと祠を回転させ、洞窟の入り口に扉を向ける。最後に、祠を置けば完了だ。
冴子は、パチパチと大きな拍手をした。
「流石だぞ! よっ、日本一!」
「そういうのいいんで、早く開けてください。呪われそうだし、私は触りませんよ」
「相変わらず冷たいなぁ、初芽は」
口を尖らせて、冴子は初芽を肘で突く。初芽が鬱陶しそうに手で追い払うと、すぐさま祠の前に移動した。
冴子は、祠の観音扉に手をかけ、右、左の順番に開けていく。祠の内部が完全に見えた。それなのに、目の前の物が理解できない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます