記録1:祠と解けない雪④
「はぁ。まさか本当に来るとは」
「もっと嬉しそうにしてくれよ。大好きな私との大冒険だぞ」
「いつ私が大好きだって言ったんですか」
スキップで進む冴子とは逆に、初芽はたらたらと歩いている。田舎すぎるせいで、バスも電車もなければ、タクシーも捕まらない。目的地までは歩くしかなかった。
初芽はショルダーハーネスを引っ張り、リュックを上げる。重すぎるせいで、だんだんと落ちてくるのだ。
「へばるなよ、初芽。目的地はもう目の前だ」
「体力はありますよ。ただ、先輩のテンションについていけないだけです」
「そうか。それなら、頑張ってついてきてくれ。……おっ、見えた! 見えたぞ!」
冴子は、嬉しそうに何度も飛び上がる。これだけ歩いてきたのに、まだそんな元気があるのか。オカルトに対する冴子の執着がすごすぎて、もはや尊敬の域にある。
オカルター雅樹の死を受け、落ち込んだ冴子に解散を言い渡された。が、翌日、すっかり元気になった彼女に突進された。文句を言おうにも、彼女には初芽の言葉を聞く気がない。「明日は九時に駅前で集合だ」とだけ言い残し、去っていった。翌日、集合してからすぐに出発し、Y県市内で一泊した。
そして、今に至る。朝一でホテルを出発し、ある程度の場所までは電車やバス、タクシーを乗り継いできた。そこからは、ひたすら歩くだけだ。
目の前に広がるのは、田んぼと畑、ポツンポツンと建つ民家のみ。山に囲まれていることもあって、少し薄暗い。人の気配はなく、歩いている住民が全く見当たらない。
「たいぶ閑散としてますね」
「どこの田舎もこんな感じだと思うぞ。う~む。パッと見、洞窟は見当たらないな。もしかして、集落のもっと奥なのか?」
冴子が地図を開き、周囲と見比べる。
「洞窟は、地図に載っていないらしい。民家は、まばらにしかないな。せっかくだ。数少ない建物に隠れつつ、集落の奥を目指すぞ」
「えぇ。隠れる必要ありませんよね」
「雰囲気は大事だぞ。さっ、出発だ~っ!」
冴子に言われるまま、物音を立てないように集落へと足を踏み入れる。シーンと静まり返る集落は、本当に人が住んでいるのかと疑いたくなる。山間という場所と静かすぎる空気が相まって、不気味な雰囲気を醸し出していた。俗にいう、「ナニカ出そう」だ。
民家がない道は早足で移動し、民家がある道は陰に隠れて一休みする。極端に民家が少ないせいで、早足の時間が必然的に長くなる。
「結構集落の奥まで来ましたね」
「そろそろ洞窟が……あっ!」
「ちょっと、大声出さないでくださいよ」
何かに気づいたようで、冴子は大声を上げる。しかし、初芽が口を押えたお陰で、彼女からはくぐもった声しか聞こえなかった。
冴子がすまんと謝って、集落の奥を見る。
「あそこに洞窟があるぞ。……いや、待て。この集落の住人か? 洞窟の前で立ち話をしている人間がいるな。人数は二人か。ふふ~ん。気づかれないように近づいてみよう」
「はぁ!? 待ってください。気づかれたら、どうするんですか」
「大丈夫大丈夫」
どこから出てきたのか分からない自信を振りかざし、冴子は足早に進んでいく。彼女の大丈夫は大抵大丈夫ではない。だから、不安なのだ。初芽は大きく溜息をついた。
二人の声が聞こえる位置に移動し、サッと身を隠す。
「アレの向きは大丈夫じゃろうな」
「さっき男どもの手を借りて、しっかり確認してきたさぁ。祠の扉は壁についたままじゃ。誰も動かしとらん。ようけ埋まっとる」
「そんならええ。夕飯の準備でもするべ」
集落の住人と思われるおじいさんとおばあさんが、小さい懐中電灯で洞窟を覗いている。どうやら、洞窟の前で会話をしていただけのようで、すぐに帰っていった。あんな小さな懐中電灯では手元しか照らせないのに、と初芽は不思議に思った。
二人のお年寄りがいなくなるのを待ち、冴子と初芽は洞窟に近づいた。ドーム型という点では洞窟らしい見た目だが、どうも、市販の石を積み上げただけのように思える。それどころか、ホームセンターの材料だけで作った、と言われた方がしっくりくる。
洞窟を覗いたが、暗すぎて何も見えない。リュックから懐中電灯を取り出し、パッと灯りを点ける。それを洞窟の奥に向けると、祠が見えた。不思議なことに、祠の上には大量の雪が積もっていた。
初芽は、懐中電灯を祠の屋根に向ける。
「どうして、洞窟内の祠に雪が積もってるんですかね。季節は秋ですし、Y県は積雪が多い地域でもないですよね」
「う~ん。分からん! 集落の人間に聞いたところで、教えてくれないだろうしな。まっ、とりあえず行ってみよう。除霊グッズはいっぱい持ってきた。安心してくれ」
「除霊グッズとか胡散臭すぎますよ」
初芽が呻いたところで、聞く耳を持つ冴子ではない。見つからないようにと懐中電灯を消し、暗い洞窟をスタスタ進んでいく。こうなった彼女は誰にも止められない。
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