記録1:祠と解けない雪③
初芽が冴子に出会って気に入られたのは、入学してすぐの頃だった。四月も半ば、S大が女子大ということもあり、露出狂の出現が多かった。初芽が大学を出たところ、冴子もまた、露出狂と対面していた。気づいてしまった以上、放っておくわけにもいかない。
だから、初芽はそっと背後から近づき、変態男に背負い投げをかました。かなり太っていたが、体は簡単に宙へと浮く。その後は別のS大生が警察に通報し、変態男は無事に逮捕された。そして、なぜか冴子に気に入られた。
「男に声をかけず、いきなり背負い投げをかましたところに惚れた。あと、武闘派の仲間がほしい。私は頭脳派だからな」と訳の分からないことを言われた。初芽にとって、これは永遠の謎だ。
迷惑そうな顔などお構いなしの冴子は、喜々として腕を組んだ。
「最後の文章をもう一度見てくれ。『もし、このブログ、調査結果が更新されなければ、その時はその時だ』と書いてあるだろう。そしてっ! この記事以降、『オカルト調査日記』は更新されていないっ! だから、私が代わりに調査するっ!!」
「あ~、はいはい」
勢いあまって立ち上がった冴子に、初芽は適当な相槌を打つ。どうせ、反対しても聞き入れてはくれない。冴子が納得するまで、付き合わされるだけだ。
初芽は、仕方なくオンボロパソコンを操作し、「オカルター雅樹」で検索をかける。いくつかの記事やサイトが引っ掛かり、画面上が文字で埋まる。大半は「オカルター」から「オカルト」を連想させ、その文字だけがヒットしていた。これは関係ない、あれも関係ないと、画面をスクロールさせる。上から順番に文字を確認し、「オカルター雅樹」やそれに関連する言葉を探す。
立ち上がったままの冴子が、初芽の後ろに回り込む。画面が見えるように、椅子に手を置いて屈んだ。冴子の長くてさらさらな髪が、ふわっと初芽の首を撫でる。甘い匂いとくすぐったさで、初芽は何とも言えない気分になった。
「先生に関する情報は見つかったか?」
「……あ、いえ、まだです。そんな早く見つかりませんよ」
「むっ、そうか。すまんな。ゆっくり探してくれて大丈夫だ。頼りにしてるぞ」
冴子に人懐っこい笑顔を向けられると、どうにもむず痒くなる。初芽は、はいはいと返事をして、パソコンに向き直った。
「ん? これって……」
「どうした!? 何か分かったのか?」
冴子が椅子を左右に振るせいで、初芽の頭は大きく揺れる。いちいちオーバーリアクションしないと死んでしまう病気にでもかかっているのか、と疑いたくなる。
初芽は冴子を制し、パソコンを指差す。
「気になる記事を見つけたので、まずは読ませてください。話はそれからです」
「よし、分かった。頼んだぞ」
うんうんと頷く冴子を放置し、初芽は文字の羅列を追う。記事を読み、その信憑性を確かめるために、関連するキーワードで検索をかける。この繰り返しを行うこと十数分。初芽は、予想外の情報に困惑した。
「さ、冴子先輩。オカルター雅樹さんが……って、あれ? も~、どこ行ったんですか」
呼びかけながら振り返ると、そこに冴子の姿はなかった。代わりに、後ろの席に座っている学生五人組みが見える。
もう帰ろう。そう思ってパソコンを閉じた矢先、冴子が走ってきた。両手に紙カップを持っている。コケそうだと心配しつつも、何事もなく到着したことに安堵した。
「どこ行ってたんですか。大事なことが分かったんですよ」
「はいっ」
初芽の質問には答えず、冴子は持っている紙カップを差し出した。蜂蜜とチョコの甘い香りが、幸福感を連れてくる。
「あ、ありがとう、ございます」
「ふっふっふっ。初芽の好きな、蜂蜜チョコチップ生クリームラテだぞ。優しい先輩の奢りだ。遠慮せずに飲んでくれ」
「自分で言わないでくださいよ」
悪態をつきつつも、初芽はコップを受け取った。両手で包むと、手のひらから体の芯まで熱が伝導する。肌寒くなった秋だから、このちょっとした温かさが沁みる。紙カップに口をつけると、甘すぎる味が口いっぱいに広がった。
初芽は、紙カップを机の上に置く。
「オカルター雅樹さんについて、重要なことが分かりました」
「流石は初芽だな。偉いぞ」
「ちょっ、子ども扱いしないでください」
ぐしゃぐしゃと頭を撫でる冴子の手を、急いで払いのける。
初芽は、手櫛で髪を整えた。ついでに、ズレたヘアピンの位置も直す。
「驚かないで聞いてくださいよ。オカルター雅樹さんは、亡くなっています。彼の他に、三人の男性の死体も見つかっています。全員が転落死ですね。そして、発見場所はY県にある△山で、第一発見者は集落の人間です。集落の場所は、△山の山間部です」
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