第28話 闇の中の戦い

 小六は夜半に目覚める。

 久々の感覚に首筋の毛がチリチリした。

 キャンプ地に密やかに誰かが近づきつつある。

 大脇差を身につけ外に出ようとすると、アーレがのそりと立ち上がった。

 目配せと手の仕草で役割分担をする。

 小六が迎撃、アーレがシャールの警護となった。

 もちろん、小六はシャールの天幕まで敵を近づけさせるつもりはない。


 この段階で接近中の者たちが、シャールの存在を知らずに迷い込んだ猟師という可能性はないと判断している。

 天幕を中心に同心円状に距離を詰めつつ気配を消そうとしている時点で良からぬ企みを抱いていることは明白だった。

 小六は一番近い相手に向かって地を駆ける。

 極端な前傾姿勢で両手をだらりと下げた姿はまるで獣のようだった。

 夜間行動の鉄則はできるだけ視線を低くすることである。

 下から見上げることで、夜空に相手の陰かたちが浮かぶからだった。


 まずは一番気配を消すのが下手な者へと向かって駆ける。

 途中で少し向きを変えて側方からぶつかるように進路を取った。

 一人目の影を確認すると音もなく忍びより顎を横から殴りつけ脳震盪を起こさせる。

 ぐにゃりと横たわる相手の腰から小剣を取り上げた。


 抜き放ってみると黒く焼きを入れてあり光を反射しないようにしている。こんなものを所持しているということで正体が知れた。

 この世界で闇に潜み人知れず目標を葬り去る暗殺者の類らしいと小六は判断する。

 次いで、ちゃちゃっと身体を探った。

 まだ若い女の体だが、小六は変な悪戯心を起こしたりはしない。


 機械的に他に危険なものを隠していないか確認し回収した。

 餅は餅屋である。

 どこに何を隠しているかは同業者としてだいたい推測がついた。

 殺してもいいのだが、死体の後始末を考えると無力化したうえにわざわざ手をかける必要が無い。

 むしろ生き延びてもらって手も足も出ずに倒された恐怖を広めてもらうことにした。


 小六は再び走り出す。

 次の相手は、最初の女よりも気配が掴みにくい。

 それでも、あっさりと背後から近寄り、奪った小剣で心臓を一突きして殺害する。

 万が一にも不運な猟師ではないことの確認がすんでいるので躊躇はしない。

 小剣をそのままに残して小六はまた走り出した。


 二人を排除した位置が、シャールたちが眠る場所を挟み撃ちにするのには少しずれている。

 その二か所を三角形の二頂点と考えたときに残る頂点に相当する場所へと急いだ。

 走りながら前の二者と違って何も見えないことに小六は身を引き締める。

 速度を落とすと目を閉じて歩き始めた。


 いきなり虚空から漆黒の刃が小六を襲う。

 キンッ。小六の手に長脇差しが現れ刃を弾いていた。

 次の瞬間には漆黒の刃が消えている。

 視覚に頼って戦う戦士ならば隙が生じたかもしれない。

 しかし、小六の顔には笑みが浮かんでいた。


 何もない空間を長脇差しで払う。

 小六の手に何かの布地を切り裂く感覚がした。

 細長い帯状の何かが浮かぶ。もちろん、小六はこれを目にしていない。

 さらに踏み込んで今度は反対から袈裟懸けに切りおろす。

 黒い刃が再び現れて長脇差しを受け止めた。ジャリッと金属同士が擦れる音が響く。


 力任せに押し返してくるので、小六はぱっと後方に飛び退り距離をとった。

 ズル。

 衣擦れの音がして、地面から上へと人型の影が現れる。

 同時に人の体臭が闇の中でわずかに強くなった。

 小六は薄目を開けて視覚でも相手の姿を確かめる。


 その人物は見えない布を投げ捨てると、剣をもう一本抜いた。

「カメレオンローブがむしろ邪魔になるとはな。だが、剣技は俺の方が上だ。死ねい!」

 機敏な動作で暗殺者が双剣を振るう。

 もう片方の小剣は焼きが入っていない。

 見えやすい剣と見えにくい剣が交互に小六を襲った。


 巧みな体術で小六は刃を避け、長脇差で払う。

 以前ナナリーを誘拐した一味の剣士と戦ったときと異なり愛用の長脇差があるのが心強かった。

 暗殺者が言うように純粋な剣技だけなら小六を上回っていたかもしれない。しかし、よく相手が見えない夜間戦闘という点においては小六の方が技量は上回っていた。

 ただ、暗殺者は二本の剣を操っているというのが面倒である。

 片方の剣を払って斬りつけても、もう片方の剣で受けられてしまった。

 

 力及ばずという体で小六はじりじりと木々の間を後退する。

 暗殺者は嵩にかかっていよいよ一層激しく攻撃を加えた。

 小六の体が大きな木の裏に隠れようとしたところを大きく踏み込んで右手の小剣を突き出す。

 暗殺者は確かな手ごたえを感じた。


 どさっと何かが地面に落ちる音がする。

 やったか、と暗殺者が樹影の中に目を凝らすと、そこには人間の胴の太さほどの丸太に服を着せたものが転がっていた。

 どういうことだと混乱する暗殺者の首筋を長脇差が切り裂き、吹き出した血が地面の上の丸太にかかる。


 枝に足を引っかけて逆さまになっていた上半身裸の小六はくるりと一回転をすると地面に降り立った。

 暗殺者が信じられないと目を見開いたまま地面に倒れる。

 一度びくんと体をけいれんさせると動かなくなった。


 服を着た小六は穴を掘ると最後に倒した男を埋める。

 死体を残しておいて騒ぎになっても困るし、野獣が寄ってきても面倒だった。

 男が使っていた姿を見えなくするカメレオンローブも回収する。

 走ってもう一人の遺体のところに戻った。

 こちらは川が近かったので、そこまで引きずっていき流れに浮かべる。

 カメレオンローブも細かく切り刻んで同様に川に流した。


 気配を消して自分の天幕へと戻る。

 不寝番をしている老騎士に気づかれることはなかった。

 とことことアーレがやってきたので一緒に天幕の中へ潜り込む。

 簡単に顛末を話してやると、白刃と黒刃の小剣を使う男のところで、アーレが驚きの声をあげた。


「そいつはブラン帝国に雇われている通称ナイトストーカーという男だ。暗殺を専門としていて、仕事中は姿を見られることがないと噂されている厄介なやつだぞ。帝国もなりふり構っていられなくなったということのようだな」

「姿が見えなくなる変な布を被ってたね。でも、臭いで丸わかりだった。鋼の臭いや体臭でね。暗闇の中では視覚に頼らずに戦えないと忍びにはなれないよ」

「小六はまるで狼や犬のようだな」

「アーレには敵わないと思うよ。それじゃお休み」

 ふわわと欠伸をすると、さすがに疲れを覚えていた小六は身体を横たえるのだった。

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