第27話 不安要素

「ようやく話ができる。何があった?」

 小六はアーレに町であったことを話して聞かせる。

「それは災難だったな」

「まあね。ナナリーはそういうのに目をつけられやすいんだろうと思う」

 しばらくアーレは黙った。


「コロクは魅力的だとは思わないのか?」

「俺はもっと凛とした佇まいの女性がいい」

「……それはさておき、よく誘拐のからくりがわかったな」

「そんな噂話をマージャ王国の捕虜がしていたからね。余所者の客が一人で入ってくると店の裏に拉致して売りさばくって。屑は屑同士そういう話を自慢し合うみたい」


「そうか。それで、あの子たちはどうするんだ?」

「得意なことを生かして働いてもらえばいいかなって思っている。それよりも、アーレは人の潜在能力を引き出してくれる場所って知ってる?」

「ああ、ルークス神殿のことか。あれは喧伝されているほど効果はないぞ。世間では妙にありがたがられているが」


「別にそれはいいんだ。俺が新たに力に目覚めたという体裁が取れればいいだけだから」

「なるほどな。しかし、結構な金額の喜捨が必要になるぞ」

「これで足りるかな?」

 小六は薬種箱の中からごつい宝石が煌めく指輪を取り出す。

 アーレは口を開けて舌を垂らした。


「それ、どうしたんだ?」

「皇宮に忍び込んだときに、ちょっと失敬した」

 その辺で拾ったというのと同じ調子で語る小六をアーレはじっと見つめる。

「……足りるだろうが、周囲にはどう説明する?」

「そこは考えるよ。とりあえず、ルークス神殿がそれなりに効果があるって信じられているならそれでいいや。なんとか口実を設けてルークス神殿にお参りするよ。そしたら、俺の実力の片鱗を示せるようになるだろう」


「私が言うのもおかしいが、そうまでして、シャールに献身しようというのだね?」

「まあね。俺はアーレに雇われている身だからさ」

「その対価は払えていないが。忍びというのは金銭で動く諜報、潜入のプロなのだろう?」

「もう報酬はもらってるさ。こんな面白い場所、そしてとびきりの美人に会わせてくれたからね」


「そうか。そう言われると私も気が楽になる。シャールが今こうしていられるのも小六のお陰だ。感謝ついでに忠告をしてもいいかね?」

「もちろん」

「他の女性に魅力を振りまくのはほどほどにな。今にお前を巡って争いが起きるぞ」


 小六は肩ひじをついて体を半分起こした。

「だれ? ナナリーのこと?」

 房中術は学んでいても男女の恋愛感情の機微までは分かっていない。そういう面では小六は同じ年頃の一般的な男性と変わらなかった。


「お前が連れてきた娘二人だよ」

「え? なんで? メグなんてまだ子供じゃないか。マリーは確かに結婚してもおかしくない年齢のように見えるけど」

 小六の生きていた時代の感覚では12歳での結婚はそれほど早いというものでもない。

 北条家に侵攻してきた豊臣軍の前田利家の正室まつは12歳で出産している。そういう時代だった。


「そう。マリーという娘、あれは完全にお前に惚れている。そういう匂いがするんだよ」

「まだ会ったばかりなのに?」

「シャールに一目惚れしたやつのセリフとも思えないな」

「そうだったね。でも、ほら、シャールは印象的だからさ。鎧姿がすごく似合っていたし」


 アーレは小六の片腕を甘噛みして話を止める。

 放っておいたらいつまでも話が終わらなくなる危険があった。

 折角久しぶりにシャールの魅力を話せると意気込んでいた小六は恨めしそうな顔をする。


「マリーにとってみれば、お前はヒーローなんだよ。あの一家は人生詰んでいた。お前が誘わなければ、近いうちにマリーは奉公に出るという形で売られただろう。奉公先の主が手をつけて怒り狂った奥方に追い出され、乳飲み子を抱えて身を持ち崩す。そういう未来しかなかった。それはあの子も薄々感じていたに違いない。マリーは兄と妹のために自分を犠牲にする覚悟はしていただろうな。その境遇からお前が救いだしたんだ」


「いや、そんな事情は知らないし」

「さらに大切な妹が溺れそうになっていたのを救っているのもポイントが高い」

「でも、俺は立場的にはシャールの手下だぜ。しかも、子供扱いされている。ああ、そんなことは関係ないな。シャールが出世すれば俺の立場も一緒にあがる。そして、彼女は素人目にも有能だ」


「そういうことだ。それにマリーからすれば変に身分が高いよりも気楽でいいだろう。マリーは控えめでお淑やかだが、ああいうタイプは一途だぞ。一度は人生諦めているからな。怖いものなしだ」

「それは困るな」


「しかも、今晩の料理で、シャールの部下たちの胃袋もがっちりつかんでるからな。あのジイさんたちからすると可愛い孫娘ができたようなもんだ。無責任に恋路の応援をするぞ」

 アーレの言葉にからかいの粒子を感じ取った小六は、手を伸ばして尻尾を撫でまわした。


「おい、やめろ」

「アーレ。俺が困るの見て楽しんでるだろ」

「そんなことはない。一応どうすればいいのかは考えてるからな」

 小六は手を止める。


「それじゃ聞くけれども、どうすればいいのさ?」

「今のところ、この流浪の一団と一緒に居れば食うのには困らないが、家族を養うための稼ぎがあるわけじゃない。まだ、そういう意味では半人前で結婚なんて早いということを、話を向けられたときにしておくんだな。それで当面時間は稼げる」

「今までと同様の演技をしろってことね。でも、それって単なる時間稼ぎでしかないと思うんだけど」


「それと同時並行で、マリーに対して兄として振る舞うんだ。機会があれば二人目の兄と思ってくれ、とも言うといい」

「面倒だね。まあ、自分でまいた種だ。仕方ないな」

 小六は伸びをした。

 横になり眠りにつこうとする。

 目蓋にシャールの姿が浮かび、体を丸めた。


 ***


 シャールは目の前の下着を困惑顔でつまみ上げる。

 ナナリーに頼んでいた買い物の中身というのは下着類だった。

 ザルツ防衛戦から戻っても忙しくしていたので、帝都で新たなものを買うつもりだったのが果たせていない。

 そのため、代理で買ってくるように頼んでいたのだった。


 困った顔をしているのはサイズが合わなそうというわけではない。

 その点はナナリーもきちんと役目を果たしている。

 ただ、今までのシャールの手持ちのものと比べても、やたらと装飾が施されている。

 こんなに可愛らしいデザインのものを身につけたことがない。

 ためつすがめつしつつシャールは逡巡するのだった。



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 明けましておめでとうございます。

 本年も新巻と本作をよろしくお願いいたします。

 しかし、新年早々なんちゅうシーンで更新始めてんだ……。

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