第26話 誤解と災難

 嵐のようにシャールが去った後の小六は散々な目にあう。

 ショックから立ち直ったメグにベタベタされているところに、ようやくハリーが到着した。

 ハリーも十四歳になっている。

 健康な男の子であるからして、小六の変な姿勢が何を意味しているのか理解できた。

 まだ七歳の妹に抱きつかれて昂ぶりを鎮めようとしているというように見える。


「へ、変態だ……」

 思わず漏れた言葉を聞いて小六も事態を悟った。

 メグの体を離そうとするがしっかりへばりついている。

 無理に引きはがそうとするとメグの顔が歪み泣き出しそうになった。


「ほら、お兄ちゃんが来たぞ。お兄ちゃんに抱っこしてもらえ」

「やだ。コロクがいいもん」

 さらにメグは小六のほっぺに濃厚なキスをする。

「これはね。溺れているのを助けてくれたお礼」


 メグは小六の肩越しにハリーに向かって叫んだ。

「お兄ちゃん。私ね、コロクのお嫁さんになる。コロクはね、溺れていた私を助けてくれたんだよ。これって、きっと、天使の糸で二人は結ばれてるに違いないと思うの」


 妹のおませな発言にハリーは一瞬考える。

 小六は何故か腕前を隠そうとしているが戦士としての力量は確かであり、きっとこれから出世することが見込まれた。

 寄る辺のない自分たちからすればかなりの有望株である。


「コロクさん。メグを幸せにしてやってください」

「は? なんだって?」

「でも、実際に結婚生活をするのは八年、せめて七年は待ってくださいよ」

「だから、そうじゃないんだよ」


 そんな会話をしているところへ、メグを回収しに服を身につけたカチュアがやってきた。

 カチュアに向かってもメグは小六のお嫁さんになる宣言をする。

 目を半眼にして、カチュアはふーんという表情をした。

 この女たらしという目をしていたが、口に出してはこう言う。

「メグ。コロクのお嫁さんになるんだったら、立派なレディにならなくちゃ。レディは裸で抱きついたりしないのよ」


 持参してきた大きな布でくるむとカチュアはメグを抱き上げた。

 小六の耳にささやく。

「あなた、シャールの際どい姿見て鼻の下伸ばしていたんでしょ。もの凄く恥ずかしがってたわよ。このスケベ」


 言いたいことを言うとさっと体を起こしメグを抱っこしながらカチュアは早足で去っていった。

 小六には反論する暇もなく、ただ見送ることしかできない。

 ハリーが小六に苦言を呈する。

「さすがに七歳に興奮するというのはちょっと……。まあ、確かにメグは兄である俺の目から見ても可愛いとは思うけどな」


「違う。断じて違うから」

 小六は仕方なくシャールの艶姿を見たということを告げた。

 ごくりと喉をならすと、ハリーは悔しがる。

「それは俺も見たかった」

「お前、今想像しただろ」

「想像ぐらいいいじゃないか。コロクは実際に見たくせに」

 不毛な言い争いになった。


 女性陣の後にささっと水浴びを済ませると、小六は夕食の準備を始める。

 勝手にハリーたちを連れてきた手前、小六には彼らが役に立つところをシャールに見せたいという思惑があった。

 実際に料理を始めたところ、ハリーとメグはそれほど戦力にはならなかったが、マリーが大活躍を見せる。


 母親が健在だった頃に手伝っていたこともあり、材料の下ごしらえから味付けまで流れるような動きでこなした。

 まだ十三歳というのに年上のナナリーよりも工程によっては手際が良い。

 出来上がったメインの兎肉の煮込みは、シャール以下を唸らせる出来栄えだった。

 一番懐疑的だったカチュアですら、これは認めざるを得ないという様子になる。

 結果的に小六は大いに面目を施すことになる一方、ハリーに対しても勝手に妹を巻き込んだと文句が言えなくなった。


 夕食後の片付けに関しても、手が増えたことで今までよりも時間がかからなくなる。

 なにより、お互いの腹の探り合いをしている小六とナナリーが二人きりで作業しなければならない気まずさが無くなったのも大きかった。


 洗い物をしながらナナリーがぼやく。

「手が多くて早く終わるのはいいのだけど、私の存在価値がとても下がった気がするわ」

 マリーがおずおずとした態度になった。

「私……余計なことをしたのでしょうか?」


 すかさず小六が否定する。

「いやいや、とても助かったよ。みんなも満足してたし。ナナリーの言うことなんか気にしなくていいから」

「コロクさんはどうでした?」

「もちろん、美味しかったよ」

 マリーはほっとした表情になった。

「なんかって、扱いがひどくない?」

 ナナリーは抗議をする。

 さらに言葉を続けようとしてマリーの様子に口をつぐんだ。


 鍋を洗い終わったハリーが小六に声をかける。

「コロクさん、変わった小剣持っているんだね」

 夕食前に小六は長脇差を返してもらい腰に佩いていた。

 もともと長脇差を使っているのは、打ち刀と違って小六のような身なりの者が所持していても不審を招かないからである。

 こちらの世界では珍しい造りに目立ってしまうので、他の武器が欲しいと思っていたがなかなかその機会がなかった。


 ここぞとばかりにナナリーが身を乗り出す。

「コロクは別世界から来たのよ」

 ハリーとメグが興奮した。

「それって、お話の中に出てくる勇者と一緒じゃないか。すげー」

「コロクって勇者さんなんだ。すごーい」

 マリーは何も言わずに眩しそうに小六を見ている。


 小六は余計なことをと、ナナリーを睨んだ。

「別にいいじゃない。私だってカチュアさんから聞いたんだし、ここにいる以上はいずれ耳に入るわ。早いか遅いかの違いでしょ」

 確かに道理ではあるのでナナリーを責めるわけにはいかない。

 小六はこの話はもうおしまいとばかりにランプを持って立ち上がる。

「洗いものも終わった。明日の朝も早いし、もう寝るぞ」


 シャールたちのところに戻ると予備の天幕が張ってあった。

 どうもシャールの指示で老騎士たちが設営してくれたらしい。こういう作業は手慣れていた。

 小六が一同を代表して礼を言うと、それにマリーが被せるよう感謝を示す。

「ありがとうございます」


 一拍遅れてメグの声が響いた。

「ありがとー!」

「さあ、もう寝なさい。子供は夢を見る時間だ」

 シャールの声にハリーたちは天幕に潜り込む。

 小六も自分の天幕に入り、身を横たえると、アーレがやってきて側に寝そべった。

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