第25話 水浴び
シャールは子供たちや小六を連れて、寝起きしている天幕から少し離れている場所にある滝に向かう。
「悪いが先に水浴びさせてもらうぞ」
シャールが女性を引き連れて岩場の向こうに消えると、小六とハリーだけが残された。
「妹がいるなんて聞いてないぞ。しかも二人も」
「聞かれなかったからさ」
「あの二人にはなんて話しをしたんだ?」
「兄ちゃんが新しい職場で働くから一緒に行こうって。うちは両親を亡くしてて、親戚の家の納屋の屋根裏に住んでたんだ。マリーを奉公に出すって話もあったからちょうどいいかなって」
「俺の話を信用したのか?」
「するしかないだろ。まあ、ついてきて良かったよ。シャールさんはいい人っぽいし。少なくとも端金で妹たちを売りとばしたりはしないでしょ」
「そいつは間違いない。とても強いのに純真なんだ、あの人は」
「それで、僕にここで何をさせようっての?」
「俺の手助けだ。あの細工を見るにハリーは手先が器用だろ。木で小物や道具を作ってもらう。できれば矢も頼みたい」
「そうか。父は猟師で手伝っていたからなんとかなると思う。でも本格的な矢が欲しいなら、矢じりは鍛冶屋に頼んだ方がいいね。それでなんだけどさ、コロクの技を教えてもらえないかな? あいつら瞬殺だったろ?」
「だめだ。それ以前に人前でその話をするのもやめろ」
「どうしてだよ。隠すことないだろ」
「理由は知らなくていい。話せば妹が死ぬ。そうなりたくなければ沈黙を守ることだ」
ハリーは反発するが小六が本気だと分かると冷静さを取り戻す。
小六は落ち着いたころを見計らってハリーを宥めた。
「安心しろ。余計なことを言わなければ俺も何もしない」
小六側の緊迫した空気に反して、滝つぼでは穏やかな空気が流れている。
すっぽんぽんになったメグとマリーの体を、シャールとナナリーが洗っていた。
大人二人は肌着は身につけたままだが、わーきゃーと水をはね散らすメグのせいで濡れ、すっかり肌に張り付いている。
「こら、暴れるのやめなさい」
「だって冷たいんだもん」
シャールに捕まって洗われながら、メグはキャッキャとはしゃいだ。
一方のマリーは子供じゃないから自分でできると言いながらも大人しくナナリーに洗われている。
シャールは自分も素早く汗を流すと、岩の上で剣を横たえて警戒しているカチュアに交代しようと提案した。
「今日は暑かったし、カチュアも汗をかいただろう。少し冷たいがさっぱりするぞ」
「じゃあ、そうさせてもらおうかな」
シャールが剣を受け取り、岩場に立つ。
それと入れ替わりにカチュアが上着を脱いで水の中に入ったときだった。
「あっ」
シャールが叫び声をあげる。
先ほどまでは足がつくところにいたメグが何かに興味を引かれて、川岸の近くから奥の方へと進み、深みに嵌って流された。
あっぷあっぷしながらメグが浮き沈みしている。
水中を追いかけても間に合わない。
咄嗟に判断したシャールが叫ぶ。
「コロク! メグが流された!」
その声が聞こえた瞬間に小六は走り出した。
洗い物や水汲みなどで既に川の流れは把握している。
少し下流の川岸まで疾走し、そのままじゃぶじゃぶと水の中に足を踏み入れると抜き手を切って泳いだ。
中ほどでぐったりとしたメグを捕まえる。
メグを抱きかかえて泳ぎすぐに川岸に戻ると膝の上にメグをうつ伏せにさせ、背中を強く叩いた。
メグがおえっと水を吐き出すと激しく咳き込み泣き出す。
小六は抱き上げると優しく背中をトントンと叩いてあやした。
「もう大丈夫だからな」
そこへ岩場を迂回したシャールが駆け寄ってくる。
「メグは無事か?」
「はい。少し水を飲んじゃったようですが」
振り返った小六はそのままの姿勢で固まってしまった。
そのまま走ってきたシャールは肌着しか身に着けていない。
まだ濡れたままの肌着はぴったりと張り付いており、ボディラインがくっきりと浮き出しているだけでなく、胸の突起の形も丸わかりだった。
まあ、そこまでは小六にとっては動きを止めるほどのものでもない。
小六のいた時代の日ノ本の女性は胸を晒すことに関してはあまり羞恥を覚えないので、それこそ若い母親が人前で授乳することも普通にあった。
問題は、肌着の丈がそれほど長くないことである。
さらにシャールが走ったので張り付いた布地がずり上がり、腿の付け根を覆うか覆わないかという微妙なところだった。
見えそうで見えない。
もののあわれを大切にする日ノ本の男児にはある意味で全裸よりも刺激的である。
全力で走ったせいで頬を赤くし、大きく呼吸をする姿は艶めかしいというどころではない。
普段は凛とした騎士の佇まいであるだけに、そのギャップの力は絶大だった。
女性の色香に迷わされないようにと訓練した小六の防壁をやすやすと突破する。
小六は生理的な反応を悟られぬようにぎゅっと脚に力を込めて閉じた。
振り向くのをやめればいいのだが、シャールの艶姿から目を離すことができない。
上半身だけ振り返った変な姿勢で身動きを止めた小六の態度に、シャールは我に返る。
自らの体に視線を下ろせば、胸のふくらみの形がはっきりと見て取れた。
全身の血流が頭に集まる。
「見、見るなっ!」
顔を真っ赤にしたシャールは身を翻すと滝つぼに向かって走り始めた。
肌着は前は辛うじて覆っていたが、丸いヒップによってせり上がった布地は少し足りず下尻が完全に露わになっている。
走る動きに合わせて揺れるものは小六の脳裏にしっかりと刻まれ、しばらく小六を悩ませることになった。
駆け戻ったシャールは水の中にそのままザブンと飛び込む。
水から上がって身支度をしようとしていたカチュアは、シャールの目尻に涙がたまっているのを見て慌てた。
「ど、どうした? あの子が溺れたのか?」
マリーが息を飲む。
「違う。メグは無事だ。なんでもない」
シャールは水の中に顔を沈めた。
あられもない姿を小六に見られたという羞恥心で火照る頬に冷たい水が心地よい。
先ほどの光景を思い出してまた恥ずかしくなる。
あんな姿を見られちゃったら、私はもうお嫁にいけないかも。
普段とはうってかわった乙女のような思考が頭を占める。
「走ってちょっと汗をかいただけだ」
水面に顔を出したシャールの言葉にカチュアは怪しいなあと疑いの目を向けた。
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