第24話 ハリーとの約束
広場に戻ると、小六たちについてきていた騎士が出迎える。
「なんか火事だという話だったが、巻き込まれなかったかね?」
「うん。どっちかっていうとそのお陰で、買い物を切り上げられた感じかも」
「はは。まあ、女性は店に入ると長いからな。さて、引き上げようか」
空馬に荷物を積むと、三人は二頭に騎乗する。
架空の関係に辻褄を合わせるために、騎士の後ろにナナリーが乗り、荷物を載せた馬の手綱を引いた小六が一人で最後の一頭に跨った。
南門から町を出て街道をそのまましばらく進む。
街道わきの木の陰からぱっと飛び出すものがいた。
「コロク遅かったじゃないか」
「じゃない」
「コロク遅~い」
ハリーの後ろから子供が二人顔を出す。
背の高い方は恥ずかしそうにハリーの陰に半分隠れており、もう一人は小六が視線を向けるとにっこり笑った。
生え替わりの時期なのか下の前歯が一本ない。
老騎士は小六を振り返る。
「なんだ、この子供たちは?」
「ナナリーを捜しているときにチンピラとトラブルになっちゃったんだよね」
「なんだ、それならワシをすぐ呼べば良かったのに」
「目に見える範囲にいなかったから、仕方ないじゃないか。で、ハリーに助けてもらったんだけど、ああいう連中に睨まれると暮らしにくいでしょ。だから、一緒に来ないかって誘ったんだ。ほら、俺たちだけだと炊事の手が足りないし。今日のシャールさんの昼食もきっとわびしいはずだよ」
「まあ、確かにな。しかし、勝手にそんなことを決めてもなあ」
小六は両手を握り合わせてお願いポーズをした。
「ここで放り出したら可哀想だよ。ね、シャールさんに聞いてみるだけでも」
こうなると老騎士の手に余る。渋々ながら、シャールの判断を仰ぐということになった。
「しかし、そうじゃなくても遅れ気味なのに三人もどうするんだ。テクテク歩くわけにはいかんぞ」
幸いなことにハリーは馬に乗れることが分かる。
荷物を載せた馬も、痩せた子供二人が加わってもまだ余裕があった。
妹二人を一緒にというのは不安だというので、小六が歯抜け娘のメグを引き受ける。
初めて馬に乗ったメグはきゃあきゃあとはしゃいでいたが、とりあえず出発できた。
街道を南に進んでしばらくしてから道を外れて西向きに進路を変更する。
道々、メグは小六に色々と話しかけた。
「ねえねえ、髪の毛が黒いのはどうして? 炭の粉かぶったの?」
「コロクって何歳?」
「今日のごはん何かな? コロクはパン好き? 私は大好き。でも、なかなか食べられないんだよね」
「コロクってかっこいいよね。結婚してるの? してないのか。じゃあ、私が結婚してあげようか」
意外にも小六は言葉少なめながらいちいち答えてやっている。
ハリーがチラチラと小六の様子を窺った。
チンピラを容赦なく叩きのめす非情さを知っているだけにはらはらしてしまう。
「メグ。あまり質問ばかりしていると、コロクさんが困るだろ」
「別にいいじゃん」
もう一人の女児マリーが何かいうが、馬蹄の音にかき消された。
「ほら、マリーもほどほどにしないと呆れられると言ってるぞ」
「本当はお姉ちゃんだって、コロクとお話したいくせに。別にメグとお話しするの嫌じゃないでしょ?」
同意を求めると小六は苦笑いをする。
ぐるりと回り道をして、小六たちはシャールのところに戻った。
最初にアーレが出迎える。
「あ、ワンちゃんがいる」
「違うよ、メグ。これは狼だよ。気を付けないと食べられちゃう」
老騎士が笑った。
「確かにこいつは狼だが心配しなくていい。コロクによく懐いているからな。だけど、悪い子は噛まれるかもしれないぞ」
「えー、私は悪い子じゃないもん」
メグは小六の乗る馬に並走するアーレに興味を示す。
「ねえ。後で触ってもいい?」
「いきなりだとアーレが驚くから、しばらくしたらね」
「アーレってお名前なのね。私はメグ。よろしくねえ」
身を乗り出して挨拶をするので小六が抱えてやらなければ落馬するところだった。
天幕を張ってあるところで、小六たちは馬を止める。
訝し気に馬上の子供たちを見上げるシャールにメグが驚きの声をあげた。
「うわあ、すっごく綺麗な人。騎士の格好をしているけどお姫様みたい」
小六はメグを抱きかかえて地上に飛び降りる。
素早く下馬していた老騎士が報告した。
「姫様。遅くなりました。必要な買い物はきちんと済ませているはずです」
「ご苦労。それで、その子供たちは?」
「街中でトラブルがあって小六が助けてもらったそうです。そのせいで住みにくくなったので一緒にくるかと誘ったとのことですな」
馬から降りたハリーは小六の後ろで気づかわしげにシャールを見ている。
その後ろにマリーは隠れて顔を半分だけ出していた。
メグは小六の服につかまりながらシャールの顔と小六の顔を見比べている。
小六はシャールに頭を下げた。
「シャールさん。勝手なことをしてすいません。でも、俺とナナリーの二人だけだと、色々と手が回らなくて。俺の手下ってことじゃダメですか?」
四対の目が熱心にシャールを見つめる。
カチュアが横から口を挟んだ。
「コロク。ピクニックじゃないんだぞ。この先どうなるかも決まっていないんだ」
シャールがそれを制する。
「カチュア。それぐらいにしておいてやれ。コロクも考えなしにしたわけじゃないだろう」
小六に対して向き直った。
「手下にするということは何かあったときはお前が責任を取るということになるが、それでいいんだな?」
「はい。そのつもりです」
小六は即答する。
「まあ、いいだろう。今さら追い払うわけにもいかないだろうしな。ところで、コロク。その服はどうした?」
目ざとく服の肩のところの切れ目を指摘した。
「そのトラブルのときにちょっと」
シャールが老騎士に視線を向けるので、小六が弁明する。
「馬や荷物の見張りをしてくれていたから。それにああいうのって狂犬みたいなもんだからいつ噛みついてくるか分かんないし」
「そうか。怪我はないんだな?」
「服をちょっと切られただけです」
「体が無事なら良かった。次にもし町に行くときは二人つけよう。とりあえず、お前の手下と夕食の支度をしてくれ。美味いのを頼むぞ。とはいえ、まずは体を綺麗にするところからだな。ついておいで」
シャールは子供たちに笑みを見せた。
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