第23話 女の買い物
「やれ! やっちまえ!」
ガッタローネの声に小六を追い詰めた男は武器を構え直す。
小六が服の下に手を突っ込むのを見て笑った。
「無駄だ。お前の手は見切った」
離れたところでナナリーが体を揺すって椅子をガタガタさせる。
ウーウーという声も出していた。
猿ぐつわがなければ、このように聞こえただろう。
「コロク。しっかりしなさいよ。あんたが負けたら、私は金持ちの変態に売られるんだから」
声なき声援を知ってか知らずか、小六は手にしたものを男に投げつけた。
男は余裕しゃくしゃくで鋭く剣を振り、飛んできたものを一刀両断する。
中からぱっと粉末状のものが飛び散り男の顔にかかった。
「うっ」
剣を持っていない方の手で顔を拭う。
涙と鼻水が溢れ、くしゃみで体を震わせた。剣を構えるどころではない。
小六は一番手近な死体から剣を奪う。
二、三度振って具合を確かめながら、無造作に男に近づいた。
「
喚く男の首を小六は剣で切り裂く。
「そういう台詞はさ、真っ当な生き方をしてから言って欲しいな」
小六は最後に残ったガッタローネのもとへと進んだ。
座り込んだままガッタローネは先ほど小六が投げた長ナイフを滅茶苦茶に振り回す。
小六は剣でナイフを弾いた。
ガッタローネは精一杯虚勢を張る。
「こんなことをしてただで済むと思うなよ。俺を誰だか知ってるのか?」
無視して小六はナナリーに近づいた。
足や腕の縛めを切り離す。
「さあ、立って。帰るよ」
ナナリーは自分の手で猿ぐつわを外すと喚いた。
「ちょっと、口塞いでいるのも外しなさいよ。助けにくるのも遅いし、縄の跡がついてヒリヒリする」
だから、そのままにしていたんだけどな。
小六は心の中で呟く。
「そんなことよりも、この連中がどこからこの部屋に入ってきたのか分かる?」
「分からないわよ」
小六は切った縄を手に、生かしておいたガッタローネのところに引き返した。
「店以外の出入口あるんでしょ? どこにある?」
「誰が言うか……」
小六は剣で軽く男の右胸を突く。
豪華な服に新たな血のシミができた。
「いてええ」
ガッタローネは叫び声をあげる。
「もう一度だけ聞くよ。出入口はどこ?」
「壁にかかっているタペストリーをめくると通路がある。そこを抜けると別の建物の裏口に出る。これで満足か?」
小六はガッタローネを後ろ手に縛りあげると、タペストリーに近づき壁に張り付き剣先でめくりあげた。
確かに空間があることを確認し、さっと斜めにタペストリーを切って落とす。
小六は部屋の中の死体から手際よく棒手裏剣を回収した。
ナナリーを招き寄せると後ろからついてくるように命じて、ガッタローネの襟をつかむ。
「じゃあ、案内よろしく」
ガッタローネを数歩先に行かせた。
「ほら、あれが出口だ。嘘は言ってなかっただろ?」
「そうだね。ご苦労さん」
小六はためらいなく後ろからガッタローネの心臓を剣で貫き、その剣を手放す。
信じられないという表情を張り付けたままガッタローネは床に倒れた。
ナナリーはなんとか悲鳴を飲み込む。
「ちょっと、何すんのよ? いきなり殺すなんて」
「この町に二度と来ることはないだろうけど、僕の顔を見られたし、腕前の一端も知られちゃったから。こういうタイプは執念深いからね。死んじゃえば心配しなくてすむよ。ナナリーだって捕まる心配をせずに枕を高くして寝られるじゃないか」
小六は何を言っているんだという顔をした。
忍者の行動としてはまったく道理にかなっている。
本来、小六は障害を排除することにためらいはなかった。無駄な殺生をするつもりはないが必要とあらば眉一つ動かさずに殺しができる。
今までしなかったのはその必要がなかったからにすぎない。
小六はガッタローネの死体をまたいで外への扉のところへと進む。
内側から刺さったままの鍵を回して、扉を細く開けた。
気配を探って問題ないことを確認するとするりと滑るようにして通り抜ける。
「いいよ。出てきて」
ナナリーが続いて出てくると扉に鍵をかけてポケットにしまった。
あまり人通りのない路地を見渡す。
斜め後方から火事だ、との叫び声があがっていた。
位置関係が把握できたので、路地を進み、少し大きい通りを進む。
ナタリーがその歩調に合わせようと苦労しながら聞いた。
「ねえ、私が聞くのも変だけどさ、私のことを見捨てようとは思わなかったの?」
「俺はそれでも良かったんだけどね。ナナリーが戻らなかったら、きっとシャールが自分で探しに行くと言い出すと思うんだ。それはそれで面倒だし、それだと間に合わないでしょ。たぶん、用済みになったらナナリーの遺体は人に見つからないように処分されるだろうし」
淡々と壮絶な内容を語る小六に対してナナリーは絶句して返事もできない。
小六は植え込みの中に先ほどの鍵を投げ捨てながら言葉を続ける。
「シャールがナナリーを連れて行くって決めたからね。だから、当面は可能な限り、俺はナナリーのことも守るよ」
可能な限りね。
ナナリーはその言葉を心の中で反芻した。
「そうだ。まだ助けてくれたお礼を言って無かったわね。ありがとう」
小六に向かって頭を下げる。
「そんなこと別にいいのに。それよりも、シャールに頼まれていた探しものはあったの? これから別の店を見に行くんじゃ時間がかかりすぎるんだけど」
ナナリーは部屋を出る前に回収した袋を叩いた。
「ちゃんとこの中に入っているわ。必要なものを買ったら、素敵なドレスが凄く安い値段で売ってくれるって話になったの。試しに着てみるか、って試着用の小部屋に入ったところで、ぐるんって壁が回転したのよ。口を塞がれて引きずっていかれるんだもの。本当に驚いたわ」
「余所者だけを狙って誘拐する商売だったんだろうな。ナナリーも運が悪いね。それか脇が甘いのかも。まあ、必要なものが買えたんなら、広場に戻ろう。騎士のお爺さん、待ちくたびれてるよ」
「私が悪いみたいな言い方しないでよ。私は被害者よ、被害者」
「ああ、それなんだけど、遅くなったのは、ナナリーが色んな店を見ていて遅くなったってことにしてよ。誘拐なんてなかった。女の買い物は時間がかかるってことで。それでいい?」
ナナリーは抗議しようとする。
「いいよね?」
小六が振り返り可愛らしい笑みを見せると、ナナリーはぶるっと体を震わせてすぐに承諾した。
「あ、あの、それでね。私の秘密教えるから。とっておきのやつ。そしたら私が余計なこと言わないって安心でしょ」
ナナリーは小六に対して意図的に弱みを握らせることにする。
まだシャールに対して隠し事をしていることを自白すると、小六は少しだけ笑みを見せた。
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