第22話 衣料店の奥で

 ハリーと別れると小六は数軒の店の軒先をうろうろとする。

 そそくさと僅かな荷物をまとめて立ち去ったハリーの姿が消えると、そのうちの一軒、ナナリーが入ったまま出てこないという店の扉を押した。

 女性用の衣料品を専門に扱う店らしい。


 間口は広くないが奥行きがある鰻の寝床のような店構えだった。

 女性の店員がやってきてやんわりと注意をする。

「ここは女の人の服のお店よ。坊やには用がないんじゃないかな」

 小六は困ったような顔をしてみせた。


「あのね。お姉ちゃんが宿で病気になっちゃって着替えが欲しいの」

 先ほどチンピラ二人を倒した者と同一人物とは思えない。

 困惑しきって上目遣いに助けを求める小六は同情を誘った。

「買ったらすぐに出ていきますから」


 女性は奥の店主に視線を向ける。

 店主はわずかに顔を横に振った。

 その隙に小六はどんどんと奥の方へを進んでいく。

「あ、こら。ちょっと待ちなさい」


 女性店員が追いかけると、小六はごめんなさいと言いながらさりげなく歩くスピードを上げた。

 早足で歩きながら商品を値踏みしているふりをしつつ、小六は店の中をさっと観察する。

 あった。

 店の中ほどにカーテンが半分ほど開いている試着用の場所へと小六は突き進んだ。


 中に入ると微かな空気の流れを感じる。

 急いで奥の壁を確かめるが短い時間では分からなかった。

 後ろに近づいてくる複数の足音に身構える。

「ちょっと、どういうつもり……」


 小部屋に顔を突っ込んだ店員の胸倉をつかむと左目ぎりぎりに小六は隠し持っていたナイフを突きつける。

「騒ぐな。この後ろの壁はどうやって開ける?」

 女性は咄嗟のことに言葉が出ない。


 小六は舌打ちすると背中を壁に押し当てて女の腹を押しやるようにして蹴った。

 後ろから加勢しようとしていた店主を巻き込んで女は派手に床に倒れる。

 背中にかかった圧力の違和感に小六は振り返った。

 壁の端を押すと僅かに壁全体が真ん中を支点にして動く。

 どんでん返しと同じ構造か。


 手応えから、上と下の二か所に留め金があると推量し、壁の隙間にナイフを差し込む。

 カチリという音がしたので、壁の右側に背中を押しあてるとぐるりと壁が回転した。

 回転しきる前に棒手裏剣を天井から吊り下がるランプに投擲する。

 ガシャンという音と共に火が落ちて積まれた衣料品に燃え広がった。

 店主と女性店員の慌てる悲鳴があがる。


 小六はそのまま薄暗い廊下を慎重に奥へと進んだ。

 廊下を進んだ先の正面の扉がぱっと開く。

「侵入者を片付けろ!」

 部屋の奥から響く声に押されるようにして次々と男たちが飛び出してきた。


 廊下は大人が二人なんとか並んで歩ける程度の幅しかない。

 つまりは、どれだけ相手に人数が居ようとも一対一の戦いにしかならなかった。

 突っ込んでくる相手に小六は両手で棒手裏剣を交互に投げる。

 薄暗い中を飛来してくる棒手裏剣を視認できず、前に居る人間がいきなり倒れて絶命することとなり、男たちの間に軽い恐慌が起った。


「何をしている。早く片付けろ!」

 指示を出している人間はあまり戦いというものが分かっていない。

 部屋の中におびき寄せれば一対他の戦いができるのにわざわざ小六に有利な状況を作り出していた。


 ついに表に出てくるのが居なくなったので、小六は棒手裏剣を回収し、手近な男から長ナイフを奪い部屋の入口に近づく。

 こちら側に向かって開いた扉の隙間から中を窺った。

 細い視界からはすべてを見て取ることができないが、屈強そうな男と一分の隙もなく着こんだ男が目に入る。


 しゃれ男は両手を握りしめ小六から見て左側にときどき視線を走らせた。こいつがボスのガッタローネなのだろう。

 ガッタローネの視線は部屋の入口で待ち構えているというのを教えてくれているようなものだった。

 左手に長ナイフを手にし、右には棒手裏剣を四本握って部屋の中に入る。

 想像通り待ち構えていた男が剣を振り下ろしてくるので、長ナイフを合わせて受け流しつつ、右斜め前方に飛んだ。


 右手を連続で振る。

 待ち伏せしていた男の他、三人の急所に棒手裏剣が突き立った。

 残りは伊達男のガッタローネと屈強そうな男の二人だけである。

 ガッタローネが部屋の奥で椅子に縛りつけられているナナリーに駆け寄ろうとしたので、左手の長ナイフを投げつけた。


 初めて手にしたもので重心のバランスがつかみにくかったが、それでも長ナイフはガッタローネの右肩に深々と刺さった。

 ガッタローネは悲鳴をあげてうずくまる。

「さっさと片付けろっ!」

 右肩を押さえて叫んだ。せっかくの仕立てのいい服が血で台なしである。

 ガッタローネの命令で屈強な男は小六の方へと進んできた。


「見かけは子供のくせに、不思議な技を使うな。クレビュナの投石兵か?」

 小六は返事をしない。

 クレビュナが何か分からなかったこともあるが、屈強な男からは今まで感じたことのない圧力を受けていた。


 男はゆっくりと長剣を引き抜く。

「武器を手にしていないが容赦はしないぞ。恨むなら残りの武器の数を数えそこなった己の迂闊さを恨むんだな」

 男は大きな体に似合わぬ素早さで距離を詰めてくると、長剣を軽々と操った。


 正面から振り下ろしてくるのを、体を半身にしてかわした小六だったが、すぐにぱっと床に伏せる。

 男が返す刀で横殴りに剣を払ったのだった。

 小六の黒い頭髪が数本空中に舞う。


 背を低くしたまま、犬のように四本の脚で小六は床を走る。

 床に落ちていた何かの破片を脇の下から男めがけて投げた。

 男は剣の刃を横向きにして破片を受ける。砕けて床に落ちた。

「無駄なこと。お前の攻撃は見切った」


 男は革鎧姿で手にも革手袋をしている。

 露出しているのは顔と頭だけだった。

 小六が投げてくる暗器は小さなもので革を貫通することはなさそうである。

 つまり、顔と頭だけを守ればよく、動きが見えている状態なら、男は対応するのは難しくなかった。


 男は真正面に剣を立てながら、小六に向かって距離を詰める。

 小六は床に倒れている別の男の手から武器を奪おうとしていたが諦めて立ち上がった。

 男の鋭い斬撃を紙一重でかわし続ける。

 刃風が何度も小六に迫った。

 それを辛うじて僅かな差で見切るが、ついに服の肩のところを切り裂かれてしまう。

 そして、壁際に追い詰められてしまった。

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