第21話 消えたナナリー

 シャールはマーグルフの到着を待つ時間を計算する。

 使者が領地までに行くのと領地からの移動時間、現地での周知にかかる手間暇を考慮すると、最低でも十日は待つ必要がありそうだった。

 そうなると、不足する物資がどうしても出てきてしまう。

 比較的近くにある大きな町まで必要なものを買い物に行かなければならなくなった。


 行方を捜されている可能性があるシャールは顔を見せない方がいいし、カチュアはシャールと離れて行動するつもりがない。

 まず、買いに行く品物の内容からナナリーは絶対に必要となる。さすがに一人では不用心ということで小六と一人の騎士をつけるという話になった。


 鎧姿の老騎士と、若い娘、あまり見かけない黒髪の少年という組み合わせとなるので、尋ねられたときのために、それらしい関係をでっち上げなくてはならない。

 第一線を退いた騎士が孫娘と従者をつれて巡礼の旅をしているということにする。

 皆で検討した結果、まあ、なんとか納得が得られそうだという結論になった。


 三人は日の出と同時に出発し、大きく北へ迂回して街道に出ると南へと方向を変える。

 目的の町には昼前に到着した。

 塩などの生活必需品を買うまでは順調に終わる。

 簡単な昼食を取ってから午後はそれ以外のものを見て回ることにした。


 小六とナナリーの服は着の身着のままで汚れが目立ち始めている。

 こだわりもなく、特徴がなければないほどいいと考えている小六の衣料はすぐに買えた。

 しかし、ナナリーはそうはいかない。

 一通り見たいと言って店を回り始めた。


 うんざりした顔をする老騎士と小六に広場で待っているように頼むとナナリーは次の店へと向かう。

 シャールとカチュアに頼まれたものもあると言われれば文句も言えなかった。

 騎士は露店のエールをもらって寛ぎ始める。


「女性はこうなると長いよ。コロク、お前も一杯どうだ?」

「ありがとうございます。でも、今は喉が渇いていないから」

 小六は椅子に腰かけて気だるげにしながらナナリーを目で追いかけた。

 広場に面した店へ出たり入ったりを繰り返していたが、脇道へふいと姿を消す。

 そして、なかなかに姿を現さない。


「ちょっとナナリーの様子を見てきますね」

「やめとけ、やめとけ。買い物に夢中な女性の邪魔をするとうるさがられるだけだぞ」

「でも、帰りの時間もありますし」

 小六はナナリーが消えた路地へと足を踏み入れる。


 想像に反して、それなりに店が立ち並ぶ通りだった。

 広場と違って薄汚い格好で路上に座り込む姿も見られるが、路上にはちらほらと買い物客もいる。

 治安の悪い場所に入り込んでトラブルになっていることを想像していた小六は肩透かしをくらった気分だった。


 通りに姿が見えない以上、どこかの店に入っているはずだ。

 ナナリーはどこの店に入っていったんだろうかと小六は考え、すぐに諦める。

 アーレがいれば探すのに苦労しないが、今日連れていないのを嘆いても仕方ない。

 周囲を見回して路上に座り込む少年のうちの一人を選んで近寄った。

 少年は愛想笑いを浮かべる。

「旦那。お安くしとくよ」

 

 少年の目の前に広げられた布の上には木彫りの人形が並べられていた。

 馬や犬などの動物のほか、小六にはなんだか分からない小鬼のようなものもいる。

 どれも妙に愛嬌のある顔をしていた。

 小六はしゃがみ込んで少年に向かって話しかける。


「若い女の人を見なかったかい?」

 無駄に扇情的な体つきをしているというナナリーの特徴を告げると目が泳いだ。

「そんな女の人いたかなあ? ぜんぜん覚えてないよ。僕は人形が売れるか気になっていたからね」

「そうか。教えてくれたら礼をするんだけどな」


 小六は服のポケットに手を突っ込み、ちらりと銀貨を見せる。

 すべての人形が買えるほどの十分な金額のはずだったが少年は文句を言った。

「余所者のお兄さん、やめてくれないかな。僕は見てないんだって言っただろ」

 小六は周囲を見回す。

 細い路地のところで所在なげに立ち話をしている二人組を見つけた。


 小六は銀貨をポンと少年に投げ渡す。

 銀貨が空中にあるうちに立ち上がると、二人組の方に向かって歩き始めた。

「何の真似だよ」

 抗議を聞き流して小六は二人組に近寄る。


「なんだ、くそガキ」

「失せろ」

 そんな乱暴な言葉を受けて小六はにこにこと笑みを浮かべ路地の奥側へと入りこみ振り返った。

「なんだ? 頭おかしいのか、こいつ」


「お兄さんたち、こんなところに立っているってことは下っ端なんだよね。空威張りしかできそうにないし、実際のところは弱そうだもん」

「なんだと?」

 掴みかかろうとした男はどこをどうされたのか投げ飛ばされて地面に叩きつけられる。その喉を小六が踏み砕いた。


「てめえ」

 もう一人は慌てて腰の長剣を抜こうとするが、抜ききる前に小六が肉薄して、隠し持っていた棒手裏剣を取り出して心臓を一刺しする。

 叫び声をあげられないように小六はもう片方の手で相手の顎を押し上げていた。


 そのまま後ろに押すと男はどうと倒れる。

 棒手裏剣についた血を倒れた男の服で拭いながら引き抜いた。

 ほらね。この距離で長剣を抜こうとするなんてド素人もいいところじゃないか。

 小六は肩をすくめると先ほどの少年のところにとって返す。

 一部始終を見ていた少年は真っ青な顔をしていた。


「これで教えてくれる気になったかな?」

「無理だよ。そんなことをしたらガッタローネさんに僕が殺されちゃう」

「俺は小六。名前は?」

 じっと小六に見つめられて少年は居心地が悪くなる。

 まるで蛇に睨まれた蛙のような気分になり、渋々と名を名乗った。

「……ハリー」


「よし。ハリー。俺が聞いた女の人がどこの店に消えたか教えるんだ。南の門を抜けた先で待っていれば一緒に連れていってやる。ガッタローネって奴の心配もしなくてすむだろう? 時間が無いので早く教えてくれ」

「コロクさん。剣も持ってないのにどうするんだよ。店の中には十人ぐらいいるし、あそこに立っていたあいつらなんかよりずっと強いんだぜ」


 買出しにあたり、見慣れない造りの長脇差は目立つので置いていくように命じられていたので、小六は無腰である。

「それはなんとかするさ。で、答えは?」

 覚悟を決めたハリーは一軒の店にナナリーが入ったまま出てこないことを教えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る