第29話 部下の合流
シャールのほぼ予想通りの日数で、マーグルフに引率された部下たちが到着する。
想定外だったのは、その規模だった。
エッサリア家に属していた騎士とその家族がこぞって従っている。
もしかすると半分ぐらいは帝国に留まるのではないかとシャールは予想していたのだが、残留者はいなかった。
シャールに対して帝国追放刑を出したことが騎士たちの判断に大きな影響を及ぼしている。
自分たちのボスに対してですら遠慮しなかった帝国首脳部が、どのような横暴なことをするか予想がつかない。
それに、領地替え直後だったというのも大きく影響していた。
住民が非協力的となれば敢えてその地に留まろうという気も失せる。
騎士や統治に携わっていた役人とその家族合わせて千名近い人数を大きな混乱もなく国境を越えさせたのはマーグルフの功績だった。
エッサリア家の領地接収のために派遣された帝国軍の到着よりも早く出立しただけでなく、シャールと合流することよりもブラン帝国領内から出ることを優先して行き先を決めたため、無駄な戦闘を回避している。
最も近い国境までの道のりには中小の領主しか居なかったことも幸いした。
マーグルフ一行の純戦闘員は150名程度だが精鋭ぞろいであり、これと戦えるだけの力を有する者はいない。
一行が越えた国境も友好国と接するため、治安維持活動が主任務であることから駐留する兵士も数は多くなく、黙って見送ることしかできなかった。
国境を越えた後はマーグルフは距離を稼ぐために街道沿いに進みつつも、進路を西に向ける。
二か国を越えてきたが、いずれもブラン帝国の衛星国で軍事力が大きくなく、マーグルフ一行を阻まなかった。
使者を先行させ平和裏に通過するだけと事前に通告しておいたことも功を奏したようである。
無事に部下やその家族と再会できたことは喜ばしいことではあったが、シャールは新たな悩みを抱えることになった。
千人もの人間に飯を食わせるのは大変である。
しかも、シャールが合流地点としていた国は山がちで農耕地も少なく元々の人口も多くない。ここに長く留まれば早晩食料を食いつくすことは明らかだった。
またマーグルフの行動はやむを得ないことながら同時にブラン帝国にシャールの居場所を知らせることになる。
千人もの集団はそれなりの戦力であった。
後難を排するために追討軍を発することも警戒する必要がある。
このため、部下が到着して二日後にはシャールは早くも移動を開始せざるを得なくなった。
方角はもちろん南しかない。
足弱な子どもを乗せ荷物を積んだ馬車などもあるため、街道を進んだ。
問題なく一つ南の国には入ることができる。
しかし、そこで立ち往生することになってしまった。
シャールの現在地からの進行方向に当たる南方向の隣国は、周辺では比較的大きく有力な国である。そのため、ここを押さえることが重要と考えたブラン帝国は皇族の娘を降嫁させていた。
ブラン帝国からの急使を受けて、この国の王は国境に兵300を集結させさらに増強する気配を示している。
シャールはマーグルフとカチュアほか主だった数名を集めて協議をした。
「我々の通行は力づくでも止めるそうだ」
「平和に慣れた弱兵など蹴散らせばいいのでは?」
威勢のいいことを言う部下にシャールは首を横に振る。
「帝国に命じられているのだろう。令室に尻に叩かれては王も嫌とはいえまい」
本国の威光を笠に着て夫に強く出ている妻は、ブラン帝国で幅をきかせる皇叔ゴウタールの孫娘だった。
シャールを取り逃がしたことを悔やむ祖父から命じられて、シャールを捕らえる気満々である。
ちなみにブラン帝国の皇宮では、皇叔が酔っぱらった挙句にシャールを勝手に連れ出して逃げられたということで話が確定していた。
さらに信頼していた側近の一人に指輪などの貴金属を持ち逃げされたとも噂されており、権威がやや下がり気味である。
汚名返上のためにもゴウタールは今や反逆者となったシャールを捕らえるか殺害する必要があった。
仮にも外国に直接派兵するのには手間がかかるため、凄腕の暗殺者を差し向けたが何の音沙汰もない。
生き延びた暗殺者の一人も姿をくらましたために小六によって排除されたのだとは知りようもなかったが、どうも失敗したらしいと推測していた。
そこでついに大規模な実力行使に及んだという次第である。
孫娘を使って南方への移動を阻止させたのはその一環だった。
マーグルフが主戦論を展開する。
「傀儡とはいえ我らと敵対する以上遠慮は無用でしょう」
「向こうから手出しをされればもちろん反撃するが、こちらから仕掛けるというのはな。まるで我々が侵略しているようではないか。やはり、戦いは避けよう」
シャールは大義名分にこだわった。
カチュアがその意を汲んで具体的な方策を展開する。
「となると、引き返して東側から大きく迂回するか……」
そこへ後方の情報を探るために派遣していた一人の騎士が駆け込んできた。
「ご注進。帝国本国が追討軍を発しました。その数500とのこと。もう隣国まで到達しております」
シャールはうめき声を上げる。
「それでは仕方ない。もう南西に向かうしかないだろう」
「そちらはアルビオンです。これだけの人数で向かうとかなり刺激することになりますが」
「他に選択肢はない。帝国の追討軍に追いつかれたら苦戦は必至だ。すぐに移動を開始するぞ」
ザルツ防衛戦でも活躍を見せたアルビオンは傭兵業で国が成り立っていた。
精強な弓兵で有名であり、国民がほぼすべて兵となる。
国防意識も高かった。
侵略者に対しては最後の一人になっても抵抗すると宣言しており、ブラン帝国とメルヴァ王国という強国の勢力圏に接している立地にも関わらず独立を保っている。
シャール一行を侵略者と判断すれば猛然と攻撃してくる恐れがあった。
懸念材料はあるが他に道はなく、シャールの指示が宿営地に速やかに伝えられる。
今までとは違って緊迫した空気が流れた。
合流した者の中に同年代の子供の友達ができて喜んでいたメグが怯えた表情を見せる。
メグを抱きしめたマリーが小六に熱い視線を向けた。
小六は立場上、二人を安心させる言葉をかけてやり、アーレを呼び寄せる。
二人はアーレのもふもふした毛を撫で始めた。
迷惑そうにしながらもアーレはじっとしている。
そこへ騎士がやってきてシャールが呼んでいると告げた。
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