第30話 大事な使い

 シャールは小六に対して単刀直入に言う。

「コロク。アルビオンへ先行して欲しい。彼らに対して害意はないので通過を許可するように頼んでくれ。他に人がいないんだ」

「分かりました。頑張ります」


 小六も四の五の言わなかった。

 シャールが小六を選んだ意図は明らかである。

 ザルツ防衛戦でちょろちょろしていた小六は、アルビオンの傭兵たちにもその存在を認識されていた。

 目に見えるところで大活躍したわけではないが、骨惜しみせず働く姿を好感をもって見ていた者が多い。


 面識があるというなら、カチュアやマーグルフなども条件は同じだが、帝国軍に攻撃を受けそうというときに一人も欠かすことはできなかった。

 つまり、小六は戦場にいるよりも、アルビオンとの交渉に当たらせた方がいいという判断であり、それは小六も正確に理解している。


 エッサリア家の正式な軍使ということが分かるように、小六は紋章入りのサーコートを着せられた。

 そして、長脇差を外してシャールに預けると、伝令の持つ小旗を手に騎乗する。

 まるでサーコート姿は似合っていなかった。


 急ぎということでサイズが合わずだぶついているせいか、衣装に着られているという感じがする。

 切迫した状況ではあったが、シャールは思わず笑みを漏らした。

「なかなか良く似合っているぞ」

「お世辞はいいです。ハリーたちは安全なところにお願いしますね。それと、俺の剣後でちゃんと返してくださいよ。それじゃ行ってきます」


 土煙を残して小六の乗った馬が走り去る。

 いまや、シャールの率いる集団の存亡は小六の肩にかかっていた。

 戦闘員だけを見れば、シャール一党と帝国の追討軍は戦力に大きな差はない。

 数こそ三分の一だが、練度が違うし、つい先日まで戦場にいたという境遇も大きかった。


 数百人にも及ぶ非戦闘員を守らなくていいのであれば、戦場の地勢次第だがシャールにも十分勝機はある。

 逆に言えば、その非戦闘員が足かせとなっていた。

 追討軍も馬鹿ではないのでシャールたちのもっとも弱いところを攻撃してくると思われる。

 少なくとも非戦闘員だけでもアルビオン領内に避難させる必要があった。

 シャール自身はしんがりを固めつつ、女性や子供たちをアルビオンへと続く山道に向かわせる。


 崖の途中に切り開かれた山道に入ってしまえば、帝国軍はシャールたちを迂回して非戦闘員を攻撃することはできない。

 また、戦いにおいて、高いところを占めた方が有利というのは常識だった。

 少なくとも互角以上の条件で戦える環境を手に入れることができる。


 一方で、帝国が包囲をするだけで戦いに応じないとなれば、シャールは進退窮まることになった。

 早晩、水や食料がなくなり、戦わずして自滅することになる。

 そうならないためには、結局騎士たちもアルビオン領内の通過を認めてもらわなくてはならない。


 そんな大事な交渉に小六を向かわせたシャールだったが、消去法的な理由だけで選んだわけではない。

 アルビオンは常に臨戦態勢で国を防衛している。

 そんなところに武張った騎士が乗り込めば、彼らを刺激せずにはおかないだろう。


 それに比べると小六は居丈高なところが全然ないどころか、見る者に庇護欲を抱かせる容貌をしていた。

 ただでさえ、子犬のような目で訴えかけられたら、手厳しくはねのけるのが難しいのに、似合わぬだぶついたサーコートを着てお願いしたらどうなるか?


 女性で抵抗するのは難しいだろう。

 シャールがもしその立場であったならば願いを一蹴する自信はない。

 アルビオンは男性が傭兵として国外に出るので、防衛しているものの中には相当数の女性兵士が居る。

 弓の名手で男勝りな性格をしているが、そういうタイプでも小六のような子供に弱いはずだった。

 シャール自身も似たようなものなので、自らを省みて間違いないと思っている。


 男性の場合を考慮しても、誇り高い武人であることから、懐に入った窮鳥に強く出ることは考えにくかった。

 その点、小六以上に窮鳥を演じるに相応しい者はいない。

 卑屈さを感じさせず、かといって虚勢を張ることなく自然体で相手へ真情を訴えかけることができるはずだった。


 山道を一人駆け登っていった小六は、ふいに声をかけられる。

「止まれ。ここから先はアルビオン。許可なく立ち入ろうとすれば射殺する」

 天然の要塞のような崖上に複数の人影が見えた。

 小六は慌てて手綱を引き絞り、苦労して馬を止める。


 鞍の上で精一杯威儀を正すと、小六は人影に向かって声を張り上げた。

 名を名乗り状況を説明して、通行を許可して欲しいことを諄々と訴えかける。

 小六にとって幸いだったのは、ザルツ防衛戦に参加していた兵士が、この場所を守る者の中に混じっていたことだった。


「ああ。いっつも狼を連れて歩いていたコロクじゃねえか。あの狼はどうした?」

「みんなのところに居る。ちっちゃな女の子がいるから不安にならないようにそばについてやってるんだ」

「そうか。お前一人なら、この国に受け入れてやってもいいぜ」

「そんなの駄目だよ。お兄さんだって、一人だけ助けてやるって言われても断るでしょ? それに俺はシャールさんに頼まれたんだ」


 話をしているうちに、アルビオンの兵士のうち目がいい者が、山すそを向かってくる一団の姿をとらえる。

「確かに、子供の姿が目立つな。その少年の言に嘘は無いようだ」

 ここで小六は勝負に出た。


「俺をそっちに行かせてよ。もし何かあったら、俺を八つ裂きにでもなんにでもしていいから。だから、せめて女の人と子供だけでも通らせて」

 この間、狼煙によって、近隣から続々とアルビオンの兵士が集まってきている。

 女、子供だけなら簡単に制圧できるだけの人数が揃っていた。

 そこへ、お目目ウルウルな小六の捨て身の発言である。

 

 崖の上から綱が垂らされた。

 綱に捕まって上にあがると、大人しくボディチェックを受ける。

 それから自ら志願して砦の中の柱にぐるぐると縛り付けられた。

 逃げも隠れもしないという態度に、アルビオンの守備隊長はついに決断する。

「いいわ。女性と子供は通行を許可します。ただし、絶対に道からは外れないこと。この条件を避難民に通告なさい」

「お姉さん。とってもいい人だね。ありがとう」

 しばらくして、避難民の通行が始まった。

 

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