第31話 誓い
柱に縛られた小六のところにアルビオンのお姉様やおば様方が寄ってくる。
「わあ、肌のきめ細かっ」
「コロク君だっけ。私のところの子供にならない?」
「あー、抜け駆けズルい。じゃあ、私の弟でどう?」
「なに上品ぶってんのよ。本当の狙いは別でしょ」
小六の旧知の兵士が割り込んできた。
「おい、コロク。うかうかしてると食われちまうぞ」
「ちょっと、何言ってんだい」
「余計なこと言わないで」
「うおっ。そんなにぎゃーぎゃー言うことねえだろ」
騒ぎの声に守備隊長も様子を見にやってくると叱り飛ばす。
「何を騒いでいるんだ? 自ら進んで人質になった子供相手にみっともない姿をさらすんじゃない。アルビオンの名折れよ」
女性兵士たちはちっとも反省した様子がない。
「そうだ。隊長。通行料はコロクってことでどうですか?」
アルビオンは領内の端を通り抜ける街道の通行料を取っていた。
山道とはいえ、きちんと整備されているし、常にアルビオン兵に監視されているので盗賊の類も出ない。
だから金額自体は妥当なものと言えた。
ただ、今回のシャール一行の場合は人数が人数である。
とりあえずは女性と子供だけだが、それだけでも一般的な隊商の十倍以上の規模だった。
通行料は通過する人数当たりなので、相当な金額になる。
その代わりに小六を譲り受けようという突拍子もない案だった。
「馬鹿なことを言ってるんじゃない。それじゃ、他所の領主どもと言ってることが変わらないわ。コロクも呆れてるだろう」
「言ってみただけです~」
「本当は隊長もちょっとはいいアイデアだと思ったんじゃないですか?」
「はいはい。いいから、守備位置に戻りなさい。兵士の姿が見えたそうよ」
兵士だけになって後顧の憂いを払しょくしたシャールは、アルビオンとの国境を背に陣を構える。
こうなれば帝国兵と一戦を交える覚悟だった。
しかし、追討軍の指揮官も戦術眼は有していたらしく、シャールと正面から事を構えようとはしない。
なにしろエッサリア騎兵は三倍の敵兵を蹴散らすと喧伝されている。
にらみ合いが始まったことで余裕ができたシャールは、アルビオンと本格的に交渉に入った。
領内を通る間は武器を預けるという条件で、最終的には騎士の通行も許可される。
その通行料に関しては結構な金額となったが、結果的には払わなくて済んだ。
正確に言えば通行料を支払ってもなお余る金額の還付をシャールはアルビオンから受ける。
シャールはザルツ防衛に当たりアルビオン弓兵を雇った際に想定される籠城期間に対する費用の全額を前払いしていた。
失火に乗じて夜戦でマージャを破ることができ、結果的に対陣が短かったためにかなりの返還額が発生していたのである。
その連絡はシャールが帝国から出奔したため行き違いになり今まで返金できずにいた。
信用第一の傭兵業である。
アルビオン側もこの金額を横領するつもりはなかった。
どういう運命のいたずらか、折よくシャールに会えたことで、この機会に返金も滞りなくすましてしまうことにする。
このため、道を遮られアルビオンに難を逃れたことで、シャールは逆に懐が豊かになってしまった。
もちろんアルビオンの人々も単なる同情や好意から、このような行動に出た訳ではない。
自分達の信用問題ということもあるが、現在は逆境にあるものの、シャールが将来的には一国一城の主となると見込んでの先行投資の面もあった。
ただ、そんな冷静な判断をする時間を生み出したのは、小六が咄嗟に体を張って非戦闘員の受け入れを懇願したからである。
そのことをアルビオンの守備隊長は十分に理解していた。
だから、シャールとの間で合意ができるまで縄でぐるぐる巻きになって人質の役目を果たした小六のことを高く評価していたし、そのことを交渉成立後にシャールにも直接伝える。
「使者に選んだということで貴殿も十分に理解しているのだとは思うが、コロクは見た目に反して咄嗟の機転もきくし胆力もある。今後大切にするんだな」
「そうですね。もちろんですわ」
「それではうちの部下が手放したがらなくなる前に早く引き取った方がいいだろう。コロクが原因で諍いとなっては本末転倒だ」
冗談交じりで言っていたが、半分は本気だった。
実際、小六を引き取りにシャールが砦の食堂に向かうと、そこで人質の役目を終えた小六がたっぷりと餌付けをされている。
呼びかけられてバツが悪そうに立ち上がる小六を挟んで、女性同士の火花が散った。
「部下への手厚い振る舞い感謝する。コロク、行くぞ」
声をかけられた小六は慌てて周囲の女性たちに感謝の言葉を述べると、ぱっとシャールのところへと走っていく。
踵を返すシャールの後ろに従いながら、小六はアルビオンの女性たちに振り返り名残惜しそうに小さく手を振った。
小六が部屋から出ていくと女性たちの口から一斉にため息が漏れる。
「いい子だったわねえ」
「やっぱり、ここに残った方がいいんじゃないかしら」
「あの女が身を滅ぼすのに巻き込まれなければいいけれど」
知らないところで、ちょっとした敵愾心を抱かれているシャールなのであった。
砦の通路を歩きながらシャールは小六を褒める。
「コロク、よくやった。お陰で一人として傷つくことなく逃れることができた」
「アルビオンの人が親切だっただけで、俺は何も……」
「謙遜することはない。守備隊長も褒めていたぞ」
能力を隠している小六としては喜び半分、迷惑半分という気持ちだった。
まあ、怪我の功名のようなものだから、素直に喜んでおくかと考え直しはにかんだ様子をみせる。
その様子を横目にシャールは威厳を保つのに必死となった。
なるほど。アルビオンの女性たちもやられるわけだ。
「そうだ。先ほどは先方に対する都合上、成り行きで部下と呼んだが、今回の活躍で正式に家士に取り立てる」
「わあ、いいのですか?」
シャールは立ち止まると左手のガントレットと革手袋を外す。
わざわざこんな場所でとも思うが、アルビオンの人々に見せつけたいという気持ちが勝った。
「忠誠の誓いを」
シャールは左手を伸ばす。
小六は片膝をついてシャールの手を取った。
どこかで見たタペストリーを真似して、思いきり唇を手の甲へと押し付ける。
「馬鹿。本当にしなくていい。真似をするだけでいいんだ」
顔を上げるとシャールが赤い顔をしていた。
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