第19話 ナナリーの弁明

 シャールが手を挙げて合図をすると、ざっと部下が輪を作る。

 形としては盗賊団に襲われたときに似ていたが、手にした武器はナナリーの方を向いていた。

 シャールは相変わらず訳が分からないという顔をしているナナリーに対してため息をつく。


「無駄な芝居はやめるんだ。正直に話せば手荒な真似はしないことを約束しよう。ナナリー、あなたはマージャ王国のスパイなのか?」

 ナナリーの困惑の表情は変わらない。

 シャールの目が細められた。


「この境遇なので、私も余裕がない。五つ数える間だけ猶予を与える。5、4、……」

 カウントダウンが始まる。

 1と声が発せられると同時にナナリーは両手を上げて、ブラン帝国語で叫んだ。

「分かった。全部話すわ」


 シャールは無言で続きを促し、ナナリーは秘密を打ち明ける。

「まず、私はマージャ王国のスパイじゃない。メルヴァ王国の者なの。正確に言うとメルヴァ王国がマージャ王国に忍ばせた工作員の子供よ。両親はマージャ王国がメルヴァに侵攻し始めたときに後方を攪乱する密命を帯びていたわ。でも、流行病で相次いで倒れ、死ぬ間際に私にそのことを話したってわけ。それなのに活動資金の在りかは明かさないものだから税が払えなくて娼館行きよ。そこへやってきたのがジャバダンの部下で、まだ客を取ってないということで私に白羽の矢が立ったのね。そして、身受けされてザルツに連れて来られた。まあ、そんな感じ」


 この世界における3つの大国が、ブラン帝国、マージャ王国、メルヴァ王国だった。

 それぞれがお互いをけん制し合っているが、一番好戦的で拡張主義的なのはマージャ王国である。

 

 かつてはブラン帝国が三国の領域すべてを支配していたため、いまだに他の2国に対して大きく出るところがあった。

 しかし、文明度は落ちるものの勇猛なマージャ王国が領域を拡大しつつあるというのが今日の状況である。


 シャールは発言を吟味した。

「なんだか偶然が重なり過ぎているが一応は筋が通っているな」

 カチュアが疑わしそうな目でナナリーを見る。

「今まで騙していたのに信用できないできません」


 シャールは頷いた。

「心情的には私もカチュアと同じ気持ちだ。しかし、作り話としては穴がありすぎる。それにマージャ王国のスパイならば、私たちと一緒にこんな逃避行をする意味がないだろう。帝都に残るなり、途中で姿をくらますなりすればいい。帝国語が話せるのだから溶けこむのは難しくない」


「いずれにせよ、私たちを欺いていたのは間違いないありません。後顧の憂いを絶つために斬りましょう」

「今まであなた達に黙っていたのは悪かったわ。でも、最初にこの話をしたら信用した? 私だって信じられない話なのに」

 カチュアの強硬論にナナリーは必死に考えを巡らせる。


 両親はメルヴァ王国のスパイとして様々な訓練を受けていたかもしれないが、ナナリー本人は複数の言葉を操ることぐらいしか能がない。

 メルヴァ王国に対して他国に潜んでいたスパイであるという身分を明かす合言葉は聞いているが、この局面では役に立たなかった。


 シャールに対して提供しうる情報として、小六がジャバダンを殺しマージャ王国軍を壊滅させた影の立役者ということはある。

 しかし、これを話したところで証明するものがあるわけではなく、ますます自分の話すことが信用されなくなることが想像できた。


 びっくりしてオロオロしながら狼を撫でている小六をナナリーは眺める。

 自分より完璧に正体を偽っているところといい、実は簡単に巨漢のジャバダンを打ち倒す腕前をもっていることといい、小六は見かけよりかなり実力があると思えた。

 こういう相手を敵に回すのは得策ではない。


 結局のところ、ナナリーは自分の能力を訴えることにする。まずは通訳としての能力で様子を見て、もう一つの隠し技能は最後の切り札にすることにした。

「この先、どこまで行くつもりか知らないけど、主要3か国の言葉とその派生語はかなり話せるわ。ここの国はほとんど帝国語のようなものだけど、これより先は言葉が変わるはずよ」


 カチュアは翻訳の魔法は得意としていない。戦闘における支援に特化して習得していた。

 シャールが新たに魔術師を雇えば通訳の用は足りるが、行き先が定まらない中で同行しようという者は恐らくいないはずである。

 大きな町に着くたびにその地の魔術師に依頼するのは面倒と考えることに期待した。


 シャールはともかく、カチュアの反応は良くない。

「小六もいるし問題ないわ。言葉を覚えるの早いし、日常会話ぐらいならなんとかなるでしょ。シャールもそう思わない?」

「うん、まあ、そうだな。コロクは頼りになる」

 それに対して小六は笑顔を見せた。


 まったくもう、上手く取り入っちゃって、とナナリーは歯がみする。

 そんな思いを読んだのか、小六がナナリーを擁護した。

「でも、俺、ナナリーほどは上手じゃないし、他の国の言葉も分からないよ。ナナリーがいた方が安心だな」


 この発言で潮目が変わる。

「コロクもそう言っているし、ナナリーも連れていこう。帝国を出た今となっては、私もナナリーも外国人という立場は同じだ。勝手に処断はできない」

「どうせ誰も見ちゃいませんよ」


 カチュアが粘ったがシャールは首を横に振った。

「我々を害そうとしたわけでもない者をほしいままに殺したりしたら、私も卑劣な連中の仲間入りだ。祖国を追われたとはいえ、私は騎士のつもりでいる。だから、そのようなことは言わないでくれ」


「そこまで言うんならしょうがないわね。いいわ。ナナリー。シャールがああ言っているから許してあげるわ。だけど、裏切ったらどうなるか覚えておきなさい。盗賊団に捕まった方が良かったと思う羽目になるわよ」

 ナナリーは震えあがって、コクコクと首を縦に動かす。


 カチュアは小六の方に向き直った。

「あなたも気をつけなさい。こういう女は手癖も悪いんだから」

 小六が首を傾げるとシャールが制止する。

「それぐらいにしておくんだ。コロクが変な顔している」


 カチュアは止まらなかった。

「純真なコロクが悪い女に騙されないようにしなくちゃ。シャールだって、コロクが堕落して身を持ち崩すのは見たくないでしょ?」

 純真なコロクねえ。

 その才能の片鱗を知るナナリーは腹の中でおかしみをこらえながら、余計なことを言わないようにと努力をしていた。

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