第17話 決断

 通りには様々な格好をした人が溢れており、にぎにぎしい。

 シャールはいつ捕縛しろと声がかかるか警戒続けていたが、不意に巡回の兵士たちに出会っても向こうは何も反応しなかった。

 実際のところ、兵士たちは何を慌てて走ってるんだろう。お手洗いに行くのを我慢しているのかな、などと暢気に思っているぐらいである。


 シャールが逗留している宿に飛び込むと、一階のロビーに他の者と一緒に陣取っていたカチュアが目ざとく見つけて声をかけた。

 全員完全武装状態である。

 ただ、もっと奇抜な仮装をしている者がいるので、周囲からそれほど浮いてはいなかった。

「シャール。戻りが遅くて心配したぞ。そんなに慌ててどうした?」

「今すぐここを発つ。出発の準備を」


「いつでも出発できる」

 カチュアの返事にシャールは怪訝な顔になる。

 匿名の手紙での警告があったことを聞いてシャールは悩んだ。

 何者かが糸を引いているのは間違いないが、それが誰か不明なうえに敵か味方かも分からない。


 シャールは手短に自分の身に起きたことを説明する。

 そして、先ほどの布告文をそっと取り出して部下やカチュアに見せた。

 明るいところで見ても偽物とは思えない。

 他の者の感想も同じだった。


 カチュアが決断を促す。

「帝国追放刑が本当かどうかは、もうこの際どちらでもいいでしょう。この国がエッサリア家に悪意を持っているのは明白です。ここは一度国を出て捲土重来を図るべきよ。本来の刻限より一日の猶予は有効活用すべきだわ。いますぐ出発しましょう」


「カチュア。君まで巻き込んでは……」

「もう既に巻き込まれているわ。ザルツ防衛戦に志願したときから覚悟はできてるわよ。幸い私には後顧の憂いとなる家族もいないし」

「わしらもついていきますぞ」

 都に残った騎士五名も声を揃えた。


 そこでカチュアが舌打ちをする。

「コロクが戻っていない。あの馬鹿、どこをほっつき歩いているのかしら。仕方ないわ、置いていきましょう」

 そこへ宿の扉を開けて小六が入ってきた。口の端には何か食べ物の汁がついている。


「あ、シャール。お帰り。遅かったね」

 のんびりと笑う小六にカチュアが雷を落した。

「さっさと出かける支度をしなさい。百数える間に戻ってこないと置いていくわよ」

 本気だということが伝わり小六は自分の部屋にすっ飛んでいく。


「ナナリーはどうするの?」

 シャールが最後の一人について尋ねた。

「一応話を伝えてあるわ。どこまで伝わっているか分からないけど……」

「私が行くわ」

「それより、シャールは着替えを。その恰好じゃいざという時困るでしょ。ナナリーはコロクに話をさせておくから」


 シャールが愛用の鎧に着替えて戻ると全員が顔をそろえている。

 宿の支払いも済んで、いつでも出発できる状態になっていた。

 厩舎でめいめいが馬に乗る。小六はアーレの綱を切ってナナリーを馬に押し上げ自分も騎乗する。


 仮装行列をしているメインストリートを避けて西門に向かった。

 祭事に浮かれているが、さすがに城門は閉まっている。

 門番はものものしい一行を訝し気に眺めた。

「こんな時間になんです? 夜間は通行できませんよ」


「火急の用件で使いに出る。城から連絡がいっているだろう?」

「そのような話は聞いていませんね。朝までお待ちください」

「そんな悠長なことはしてられん」

「ならば法を破って力づくで通りますか?」

 門番は国法に触れることはしまいと高をくくっている。


 この間、小六はナナリーにじっとしているように言いつけると、そっと馬から降りていた。

 門番とシャールが言い争っているのが耳目を集めている隙に、跳ね橋が下りないように留めているレバーのうちの一つに忍び寄りグイと引く。

 門扉を挟んで反対の壁にあるもう一つのレバーも引くと、身を低くして走り馬に飛び乗った。


 じゃらじゃらと金属的な音をさせて鎖が伸び跳ね橋がおりていく。

 わらわらと詰所から出てきた門番たちがレバーに殺到しようとするのをシャールたちは巧みに馬を操って防いだ。

「本気で門を破るつもりか?」

「最初からそのつもりだ」


 シャールは槍を構える。

 祭事ということでこっそり酒を飲んでいた門番たちは一気に酔いが醒めるが、炯々としたシャールの眼光に射すくめられて動くことができない。

 ずしんという音と共に門が開ききると同時に叫ぶ。

「コロク行け!」


 その言葉に小六はぱっと前に出る。

 すぐにカチュアが呪文を唱えながら続いた。

 淡い光が前方を照らす。

 さらにシャールを守るようにして部下が一団となって駆け出した。

 土ぼこりが辺りを覆う。

 門番は跳ね橋を巻き上げることも忘れて茫然と見送っていた。


 城壁から離れるとシャール一行は向きを南に変える。

 馬を寄せるとシャールは小六を褒めた。

「いいタイミングで跳ね橋を下ろしたな」

「前からアレ、面白そうだからやってみたかったんだよね」


 そう答える表情は子供そのものである。

 口に出しただけでなく、実際に小六は跳ね橋の巻きあげ機構に興味津々だった。

 機会があれば巻きあげる方もやってみたいと思っている。

 シャールは小六の様子を見て、こういうところはやはりまだ男の子なのだなと納得していた。


 追手がかかる様子がないので馬の速度を落とす。

 整備された街道だが夜道を飛ばすのは、馬が怪我をする恐れがあった。

 星明かりがあるのでカチュアは魔法の明かりを消す。

 ゆっくりとした速度で夜が明けるまで進み距離を稼いだ。


 明るくなったところで、シャールは部下のうち二名を領地に遣わすことにする。

 身の振り方は好きにさせるにしても、シャールに起きたことは伝えなければならない。あとはマーグルフがうまく差配するはずである。

 東の方角に走り去る部下を見送るとシャールはそのまま南に向かって進み続けた。


 ***


「どうしてシャールを逃がした?」

「恐れながら、閣下が皇宮外に連れ出されたのですが」

 記憶がないゴウタールはいきり立つが、何十人と目撃者がおり、さすがに無かった事にするのは無理がある。

 その後姿を見せない側近に全ての責任を被せることにした。


 ただ、イライラは収まらない。

 実質的なことを取り仕切っていた側近が居なくなったことで様々な不便が生じていた。

 その側近は皇宮の近くの湖底で魚の餌になっているのだが、ゴウタールはそんなことは知らない。

 

 また、あまり出所を明かせない贈り物の中から高価なもの数点がなくなっているということを発見したこともゴウタールの感情を逆なでする。

 そして、帝国の保護を失ったシャールを捕獲してアレコレと楽しむつもりだったことが出来なくなりつつあるということが何よりも業腹だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る