第16話 皇叔と側近

 シャールは収監された部屋でイライラと歩き回っている。

 部屋の作りは、ザルツで小六を収容していたものと似ていた。

 あからさまに監獄という作りではないが、虜囚という点では変わらない。

 シャールも帝国の仕打ちにすっかり腹を立てていたが、何をするにしてもこの部屋を出ないことには始まらなかった。

 そして、仮に部屋を出られたとしても皇宮から逃れるのはさらに難しい。


 なんとか脱出をと頭を捻ってみても、そういう行為にシャールはまったく向いていなかった。

 巧みな槍さばき、乗馬の腕、兵を指揮する統率力。

 一軍の将として相応しい資質もここから出ていくのにはこれっぽっちも役にたたない。

 せいぜいゴウタールあたりを招き入れて人質にするぐらいしか考えつかなかった。


 その案もどうやってゴウタールをおびき寄せるかという時点で思考が止まってしまう。

 申し出のとおりに意のままになるとでも伝えさせればやってくるかもしれないが、そんな恥ずかしいことを見張りの兵士に言うなど考えられない。

 見張りがそんな頼みごとを聞いてくれる保証もなかった。

 取り次いでもらえなければ、シャールが恥をさらすだけである。


 窓の外がすっかり暗くなった頃に動きがあった。

 外で見張りが狼狽する声があがり、誰かが鋭く叱咤する。

 すぐに鍵をガチャつかせて分厚い木の扉が開いた。

 外から短く命ずる声がする。

「出ろ」


 部屋の外のランプの明かりに浮かび上がるシルエットは皇叔ゴウタールとその側近のものだった。

 シャールは何かの罠かと訝しむ。

 部屋を出るように重ねて命じられた。

 あまり気が進まなかったが、これもチャンスかもしれないとシャールは部屋を後にする。


 横領の罪で告発されることとなった元凶で間違いないゴウタールに襲いかかりたいが、壁際まで退いており、その間に完全武装の兵士が立ちはだかっていた。

 酔っぱらったように少しふらふらとしているゴウタールはニヤニヤ笑いを浮かべているが何も声を発さずにいる。


 側近が首を振って先に行けという仕草をした。

 まさか、こんな夜に再審理ということはあるまいが、と思いつつシャールは取りあえず従うことにする。

 手かせ足かせこそはめられていないが、ナイフ一本ない状態では戦うことは難しかった。

 

 一体どこに連れて行くつもりなのか?

 歩いているうちにシャールにも見覚えのある通路に出る。

 皇宮の外へと通ずる正門に向かっているらしいことに気づき、ますます混乱した。

 嫌疑が晴れたということなら、昨日と同じ審理の間で、その旨の言い渡しがなければならない。

 無表情な周囲の兵士たちも、感情を殺した顔の中に困惑が見て取れる。


 どうもゴウタールの独断での行動らしい。

 シラフの時でもその場の思いつきで周囲を混乱させるが、酔っ払ってまたぞろ珍妙なことを言い出したのかもしれなかった。

 ついに城門に到着する。

 側近がイライラしたように叫んだ。


「開門! 閣下をいつまで待たせるのだ。このウスノロどもめが」

「外の確認をしています。万が一のことがありますので」

 守備隊長は言い訳をしつつ、慌てて部下に催促をする。

 夜間の通行は原則禁止だが、規則は容易にねじ曲がる。

 ゴウタールは規則を踏みにじる力を持つ一人だった。

 不審な影はないとの報告を受けると、傍らの魔術師が首を横に振るのを見て城門を開けさせる。

 魔術師の合図は何も魔法が使われていないということだった。


 ゴウタールの側近が指示を出す。

「先に行け。いや、その女だけだ」

 前を塞いでいた兵士が左右に分かれた。

 開いた門の先には薄暗いなかに、頑丈な板を渡した一本の道が伸びている。

 その先には街の明かりが広がっていた。

 駆け出したい衝動をこらえながらシャールは前に進み出る。


 橋の先にも門があり、騎士や兵士が詰めていた。ここで走っても意味がない。

 シャールは後ろから不意打ちされることを危惧して、全神経を背中に集める。

 側近の声が聞こえた。

「お前たちはここまででいい。供回りは向こうで手配する」

 後ろからついてくる足音も、二人分しかない。


 橋を渡りながらついにこらえきれなくなってシャールは声を放った。

「どういうことだ?」

「見てのとおりだ。皇宮から出そうというのだよ」

 側近の返答に怒鳴り返す。

「お前には聞いていない!」


「そうですか。しかし、閣下は今は口がきけないようでね。そうそう、あなたに明日下される判決文の写しです」

 意外にすぐ近くで側近の声がした。

 いつの間にか接近されていたことに驚きながらも、シャールはその紙を受け取る。

 側近はランプを掲げて紙面に書かれているものを読み上げた。


「シャール・ド・エッサリア。全ての権利を剥奪し、帝国追放刑に処す。明日付でこの布告文が全国に発せられることになっている」

 シャールは同時に文字に目を走らせ、国璽の押してある布告文の内容に衝撃を受ける。

 ただ、この内容を事前にわざわざ漏らし、この場に連れ出していることの方が疑問だった。


 そのことを問われても側近はすぐには答えない。

「ああ、もうすぐ本土側の門です。布告文は隠した方がいいでしょう。なぜ、このこと漏らすかというのはですな。国外に向かうなら早ければ早い方がいい。そうでしょう?」

 さらに問いかけたかったがもう門の近くにきていた。


 側近が先ほどと同様に尊大に開門を要求する。

 ゴウタールとその側近、査問のために呼ばれていたエッサリア家の若い当主という変わった組み合わせに外門の隊長は疑問を覚えなくはないが、命令に淡々と従った。

 ここで規則を持ち出しても誰も得をしない。


「護衛をお付けしますか?」

「いや、不要だ。今日は街中にも巡回は多いのだろう」

 ゴウタールの側近は不要だと手を振って、シャールを促して歩き出す。

 仮装行列の会場へと向かっていることに気が付いて、シャールはますます疑問が大きくなった。


「一体どういうつもりだ?」

 振り返って問いかけるとゴウタールが人ごみの中で一人でふらふらとしており、側近の姿が見えない。

 全く状況が理解できないし、罠の可能性もある。

 ただ、このまま手をこまねいていても事態は悪化するだけだった。


 シャールはほんの一瞬ためらったが、宿に向かって勢いよく駆けだす。

 ゴウタールを一発ぐらいは殴っておいても良かったかな。

 そんな思いが頭をよぎる。

 しかし、今はこの好機を活用して帝都から脱出するのが最優先だと思いなおした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る