第15話 小六の計画

 宿の主の要請でアーレは厩舎に太い綱で繋がれており、シャールが皇宮から戻ってこなくても探りにいくこともできなかった。

 一声吠えて小六を呼ぶ。

「シャールの戻りが遅すぎる。皇宮で何かあったのではないか」


 問いかけられた小六は落ち着いたものだった。

「公金横領の疑いありということで城の中の部屋に収監されてると思う。明日には帝国追放刑というのになるらしい」

「なんだと?」

 アーレは最悪の展開にがくりと項垂れる。


 すぐに思い直したように小六に尋ねた。

「一緒についていったわけでもないお前になんでそんなことが分かる?」

「まあ、ゴウタールとかいう鼻の下を伸ばした爺さんが側近と楽しそうに密談しているのを聞いちゃったからね。確か鏡の間とかいうところで。刑の宣告から実施までは半日ぐらいしか余裕がないんだってね。それでどこまで逃げられるか見ものだってさ」


「鏡の間? 皇宮の中の奥まったところにある部屋じゃないか。どうやって皇宮に忍び込んだ?」

 その言葉は、平民が知りえない鏡の間の存在をアーレも知っていることを白状していることに等しい。

 小六は心の中で、アーレの正体に対する推測の枠を狭めた。

 本人に問いただしてもいいのだが、それでは面白くないと考えている。


「それはさすがに教えられないよ。こういうのは教えたら有難みが減るだけじゃなく、どこから漏れて対策されるか分からないからね。まあ、忍者の本業は諜報活動だから、それぐらいの術は持ってるって」

 事もなげに言うが、皇宮は湖の中の離れ小島に建っている。町のある半島部とは一本の橋でしかつながっておらず、そこは蟻のはい出る隙間もないほどに厳重に警戒されていた。

 もちろん舟で近づく者も監視されている。


 通常の方法では近づくことのできない皇宮に小六は湖に潜ることで侵入していた。

 いわゆる水遁の術である。

 この世界の人々、特に大人は基本的に人前で裸形になることを嫌った。

 伸縮性素材の水着もないので泳ぐということもしないし、ましてや潜水するなどということは想像もつかない。


 旅の間に気を許したシャールから返してもらった大脇差を、長い布で作ったふんどしに手挟んだ姿で小六は何度か小島に渡っている。

 通常の日本刀であれば、濡らしてしまうと柄の中のをむき出しにして乾かす手間が大変であるが、この大脇差は防水性に工夫が凝らされていた。

 ふんどし姿というのも水中での抵抗が少なく泳ぐのに適している。

 シャールやカチュアあたりが見たら破廉恥だと言いそうだが、幸いにして誰も見る者は居なかった。


 島に上陸して壁を乗り越えてしまえば、外部からの侵入がないと考えているため、皇宮内での人の手による警備はおざなりである。

 小六にとって中を探るのはなんの苦もなく、毎日遊び歩いているように見せかけて皇宮をくまなく探っていた。

 そのため、シャールに対する陰謀も事前に把握済みである。

 しかし、あえて未然に防がずに計画どおりに進むに任せていた。


 小六がその気になればゴウタールを始めとする帝国の中枢部を寝ている間にまとめて暗殺することも難しくない。

 毎晩部屋の中で寝る位置を変えていた戦国武将と比べれば警戒心がほぼ皆無である。

 ただ、それでこの国でのシャールの人生が好転するわけではなく、当初の計画通り帝国外へと脱出させるつもりでいた。


 小六の見立てではシャールはブラン帝国に対する忠誠心が強すぎる。

 そのため、まずはその忠誠心を捨てさせることが必要だと考えたのだった。

 ザルツ防衛の功績を事実上なかったことにするだけならシャールは耐え忍んだだろう。横領という不名誉な罪を着せられることはさすがに武人として耐えられないはずだった。

 また、帝国追放刑という重い処分もシャールの未練を断ち切るのにちょうどいい。


 アーレは小六の落ち着きはらった態度に秘策があると気づき善後策を尋ねる。

「それでどうやってシャールを救い出すんだ?」

「明日になったら色々と面倒なので、今夜中に脱出させて国外に逃れるつもり。ちょうどお祭りがあって浮かれた雰囲気なので好都合だしね」


 百年ほど前の疫病退散を祝った祭事が行われていて、今夜は色々な格好に扮した人々が夜の町を練り歩くことになっていた。

 夜遅くまで人出があるのでかえって目立たないし、帝都の城門の警備をする兵士も気が緩んでいる。

 どうすれば開門できるかというのも小六はぬかりなく事前に確認済みだった。


「どうやってシャールを皇宮から出す? お前一人ならなんとかなっても、シャールは収監されている立場だぞ」

「いくつか考えてあるよ。そこは任せて。それで、アーレも今夜脱出するつもりでいてよ。もし俺が来れなくても、その綱はその気になれば引きちぎれるよね?」

「大丈夫だ。それでカチュアたちにはどう知らせるんだ? いきなりシャールがここへ逃れてきてもすぐに出立するのは難しいぞ。事前にそれなりの準備が必要だ」

「その仕込みもしてあるから大丈夫。それじゃ行ってくるよ」


 宿を出ようとするところで、カチュアとばったり出会う。

「コロク。どこへ行くんだ? また今日も街歩きか?」

 都に来てから、小六は毎日ほっつき歩いていると思われていた。

 実際、皇宮に忍びこむとき以外は怪しまれないように露店で買い食いをしている。

「そうだよ。カチュアさんはそんな顔してどうしたの?」

 とぼけて質問すると表情を改めた。


「シャールが皇宮に行ったきり戻りが遅い。何もなければいいのだが」

「寄り道をしてお祭りを見ているのかもしれないよ。それか出店で何か買って食べてるんじゃ?」

「お前と一緒にするな。シャールが一人でそんなことをするはずがないだろう」

「そう。まあ、もし見かけたら、カチュアさんが心配しているって伝えるね」


 いそいそと出かける小六を見送ったカチュアは自室に戻ると机の上に一枚の紙を発見する。

 そこにはシャールに危機が迫っており、今夜脱出をするので、その準備をするようにとしたためてあった。


 いたずらにしては内容が内容であるし、戸締まりしてある部屋に手紙があったことで、カチュアも無視はできない。

 帝国がエッサリア家に対して含むところがあるのは従前から感じ取ってもいる。

 まあ、いつでも出発できるようにしておくことは悪くあるまいと、念のためにシャールの部下にも伝え、一応備えておくことにした。


 街なかをぶらぶらした小六は夕闇が迫ると慣れた手順で湖を潜って渡る。

 離れ小島に上陸すると体の水を拭きスルスルと壁を登っていった。

 内側にそっと降りる。

 あまり使われていない物置に忍び込むと、今までに準備しておいた道具を取り出し準備を整えた。

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