第14話 むごい仕打ち

 ブラン帝国の都は巨大な湖に面している。

 その威容を見て小六は素直に感心した。

 ザルツもそうだったが、一般住民の住む町を中に抱えるようにして城壁があることが、日の本のものと根本的に異なっている。


 小六は土地の広さと比して人口が少ないことが関係しているのだろうなと推測していた。

 忍城に籠った軍勢は3千を超えていたのに対しシャールの手勢は500である。圧倒的に兵数が少なかった。

 ブラン帝国の全軍で2万程度というから、7万は動員できる北条家と比べても数の上で圧倒的に貧弱である。


 町を取り巻く城壁に開いた門を潜り抜け、シャールたち一行は道を進んでいった。

 何か催事の準備をしている住民はちらりと視線を送るが、それ以上の反応を示さない。

 どうも帝国西方のザルツでの戦いのこと自体よく知らないようだった。

 一応は防衛に成功したことから歓呼の声で出迎えられることを期待していた一行は鼻白むしかない。


 小六はお上りさんよろしく周囲をきょろきょろと見回した。

 湖に突き出した半島部分を城壁で囲った帝都には高閣層楼がそびえているが、人の往来は想像していたほどは多くない。京の都を思い浮かべていた小六としては拍子抜けする思いだった。

 到着した宿に入って一行は旅の疲れを癒す。

 宿の者から肉をもらってアーレに与えながら、小六は意見を求めた。

「予想していたよりも状況は悪そうだね」

「ああ。戦勝の報すら握りつぶしているとなると危ういな」


 予言めいた発言のせいではないだろうが、シャールの耳に入る話は不愉快な話ばかりである。

 帰還した翌日に、湖の中に浮かぶ小島に築かれた皇宮に赴いたシャールは、ザルツ防衛戦の結果を報告した。


 十倍以上の敵から城を守り切った戦いぶりは称賛に値する行為である。

 しかし、若き王から慰労の言葉こそあったものの、撃退したことに対する恩賞については、廷臣たちは言を左右して明言しなかった。

 ザルツは皇帝の直轄地であり、その防衛にかかった経費は本来帝室が負担すべきものである。

 わざわざそのことに言及するのも不本意であったがシャールはそのことを指摘した。なんとかエッサリア家の兵士の費用は、次の税収が入ったら支払うということになる。

 アルビオン弓兵の雇用経費については、払うとも払わないとも言わず、何度か皇宮に足を運ぶことになった。


 その点で揉めている最中にシャールのもとへ領地からの使者が到着する。

 エッサリア家の兵の大半を動員したため不在なのをいいことに、所領に野盗の類が出没しているとのことだった。

 昔からの所領は先だっての父の敗戦の責任を問われて没収されており、この領地は代わりに与えられた土地である。


 以前シャールが訪れた際には、その事情を知るためか、住民は侮る態度を隠そうともしなかった。

 そんな場所ではあるが領内の治安維持は領主たるものの重要な責務である。

 シャール自ら駆けつけたいところだったが、アルビオン弓兵の費用についての交渉が決着しておらず、シャールは都を離れるわけないはいかない。


 一方でアルビオン弓兵を雇うために屋敷を手放したため宿住まいしているが、百人近くともなると費用がかさんでいた。

 どのみち、近いうちに配下を領地に戻す必要がある。

 古くからエッサリア家に仕え、家中でも人望のあるマーグルフに野盗の捕縛を任せることとした。

 お任せあれとマーグルフは他の騎士と共に勇躍して出発する。

 

 こうして、シャールの周囲から更に人が減り、ここに至って宮廷は遠慮をかなぐり捨てた。

 戦場帰りの精鋭百人は無視できないが、十人程度であれば、実戦経験のない帝都駐留の兵でも数さえ揃えれば抑えられると踏んだらしい。


 シャールを公金横領の罪で告発する。

 その内容はザルツの城に置いてあった国庫に使途不明金があるというものであった。

 実は開戦前に逃げ出した代官が懐に入れていたものであり、本来であれば会計官も兼ねる軍監が、着任時に確認して見つけておく筋合いのものである。


 軍監は職務怠慢を追及され、苦し紛れにシャールに責任をなすりつけた。

 金額は兵士の年俸二十人分程度であり、それだけの大金を持ち出す術は自分にはなかったと主張する。

 金額が帳簿と合わなかった非は認めるが、横領はしていないと言い募った。

 確かにザルツからの帰還時に軍監はほとんど身の回りのものしか所持していない。

 一部の罪を認めたことで逆に発言が説得力を帯びる。


 召喚されたシャールはもちろんその嫌疑を否定した。

 しかし、その抗弁は聞きいられることはない。

 元々はシャールのザルツ防衛戦の責任を問うという計画が、帝国正規軍の重鎮から猛反対にあってとん挫した代わりに、横領の罪を着せようという悪だくみだった。

 正規軍の重鎮も別にシャールを庇ったわけではない。

 戦地に赴くことなく都でぬくぬくとしている連中に反発したというだけである。

 もちろん、今後自分が出陣した際に足元をすくわれないようにするという計算もあった。


 告発と否認の応酬は容易に決着を見ず、結果としてシャールは横領罪の嫌疑で収監される。

 本来なら屋敷への軟禁で済むところだが、仮住まいしかないことからこのような処置となった。

 帝国防衛のために私財で兵を雇うために屋敷を売り払ったのにこの仕打ちである。

 収監を言い渡された時に、あまりの屈辱に強く噛みしめたシャールの唇から血が滲んだ。

 連行されるシャールの後ろ姿を皇叔ゴウタールが笑みを浮かべて見送る。


 その後三派の代表によって形だけの協議が行われた。

 国庫の横領は罪が重く、最初からシャールに下す刑罰は決まっている。

 帝国追放刑。対象者を死者と同等と扱う、村八分ならぬ村十分ともいえるものだった。

 その刑の受刑者を殺しても罪には問われない。人と扱われないから当然だ。

 

 さらにやっかいなのはこの刑を下された人間を助けた者も自動的に国の庇護を失うことである。

 帝国内に居る限りは一人で生きていかなくてはならなかった。

 ぼろをまとって荒野を彷徨うことになる。

 最期は餓死するか、何かを盗もうとして袋叩きになり殺されるか、不名誉な死を迎える未来が約束されていた。


 当然のことながら、ゴウタールには別の思惑がある。

 帝国追放刑の宣告後シャールは国外に逃れようとするはずだった。

 その途中でシャールを捕らえる。

 捕らえた後のことを考えるとゴウタールは興奮が収まらなかった。

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