第11話 明るくない未来

 凱旋とも思えない重い足取りで都に向かうシャールの軍に従って、小六も歩いている。

 不足しがちな食料を補うための狩りをしてくると言って、人の列から外れるとアーレに質問をした。

 なぜかアーレとだけは言葉の壁なく意思疎通ができている。

「圧勝したのに、あの町を放棄したのはなぜだ?」


 アーレは首を小六に向けるが口を閉じたままで答えない。

 すぐに小六は自分で答えを出す。

「そうか、最初からあの町は捨てるつもりだったんだな。でも、それなら、もっと早く交渉して平和裡に譲渡できなかった? あの進軍速度からして不意を突かれたという感じでも無かったけど。仮にもシャールを派遣したんだから防衛する気はあったんだよね?」


 アーレは歯を剥き出しにした。

「帝国の上層部は意見がまとまらない。若い皇帝、その叔父、大貴族と三派でしのぎを削っている。誰かが放棄を主張すれば、反射的に非難して徹底抗戦を主張する者が出る。面子のためにも戦わずして放棄はできなかった」


 小六は苦笑しながら頷く。

「いずこも同じだね。前に仕えていた北条家も似たようなものだったよ。そうか、それじゃあ、ザルツは惜しくも失陥か、痛み分けで和議により譲渡、ということを狙っていたのか。気の毒だけど、シャールは最初から捨て駒だったわけだ。だとすると……」


 頭をかきながら言葉を続ける。

「あの夜の戦いはちょっとやり過ぎだったかもね」

「いや、驚いた。あの激しく燃える黒い粉のお陰というのもあるのだろうが、小六一人でマージャ王国軍を半壊させるとはな。ジャバダンも討ち取っているようだし、私の見込んだ以上だった。欲を言えば生かして虜囚として身代金を要求したいところだが、あのジャバダンだし生かしておかない方が世のためというものかもしれない。しかし、あの手柄を主張しなくていいのかね?」


「身代金ね。考えてもみなかったよ」

 日ノ本の戦いに慣れた小六には敵将を捕らえて身代金を要求するという発想はなかった。

 捕らわれることは武士として恥という文化である。


「それで、あの戦果は火遁の術の応用で他人に自慢するほどのことじゃないんだ。だいたいさ、アーレですらあの結果に少しは脅威を覚えてるでしょ。人となりが分からないうちに強大な力を振るわれたら皆が恐れるだけだよ。それに功績を大っぴらにしないのは俺たち忍者の性みたいなもんだから。敵将の首も取らなかったし」


「首を取る?」

「うん。桶に入れて主君に見せるんだ。色々と作法があって難しいんだぜ」

「そんな野蛮な行いをするのか。正直理解しがたいな」

「そう? まあ、それはさておき、外敵を撃退したのはいいけど、この思いがけない戦勝は、帝国のお偉いさん達に疎まれることはあっても感謝されることはないわけだね」

「そういうことだ。何よりもシャールの発言力を増すことを望まないだろう」


 小六は表情を引き締める。

「さすがに勝ったという事実をねじまげて敗北したことにすることはできないだろうから、足元をすくって失脚させるっていうところかな」

「シャールはまだ若いし本質的に武人だ。宮廷での権力闘争では古狸どもに太刀打ちできないだろう」


「それじゃ確認するよ。これからの任務はシャールが処刑されたり、幽閉されたりするのを防止すること。本来得られるべき名誉や報酬についてはこだわらないし、ブラン帝国を捨てる方向で考える」

 アーレはすぐには応じない。


 内心の葛藤を読み取った小六は言った。

「狡兎死して走狗煮らる、って言葉があるんだよね。獲物の兎を狩りつくしたら、今度は猟犬が煮られて食われるんだ。シャールは将として優秀だと思う。だからこそ、この国では生きていくのは難しいだろう。国のために食われて死ね、って言うんならそうするけど。彼女、放っておいたら自分からそうしかねないし」


「……この国と共に生きていく道は?」

「悪いけどありえないね。国の方にその気がないもの。それはアーレも分かっているでしょ?」

「ああ、そうだな。分かった。シャールが幸せになれるなら、場所は問わない」

「ちなみに聞くけど、俺がシャールを娶るというのは、幸せにする範疇に入る?」


 アーレは唸った。

「本人の資質はともかく、身分と金が足りん」

「出世して、お金を稼げばいいんだ。人目にさらされるところで活動するのは慣れてないけど、なんとかするしかないなあ。まあ、この国にいる間は大人しくしてるよ。出自の怪しい俺が目立つと、そこをシャールへの攻撃材料にされそうだし。あ、鹿だ」


 会話を打ち切ると、小六は駆け出す。

 アーレと協力して若い鹿を仕留めると、担いで隊列に戻った。

 どうしても単調になりがちな移動中の食事に華を添える獣肉は皆に歓迎される。

 さばいて夕食時にスープにしてもらうと、お椀をシャールのところへ持っていった。

「隊長。俺取った、鹿肉のスープ。疲れなくなる。食べて」


 側近が小六を止めようとするが、シャールは気にしない。

「わざわざすまないな」

「元気出して」

 小六は器を手渡すと、ぱっと身を翻して駆け戻った。


 戦勝直後はあれほどシャールを誉めそやした人々も今はほとんど寄り付かない。

 そんなところへの小六の気遣いは、シャールの心に深い感慨を呼び起こす。

 口をつけようとするシャールにカチュアが横から手を伸ばした。

「いいなあ。私にも少し味見させてよ」


 一口スープを飲むと大きく頷く。

「これ、美味しいわ。今度コロクに言わなきゃ。シャールに媚を売るなら、私のところにも持って来いって」

「媚を売るだなんて。その言い方はどうなんだ」

 自分もスープに口をつけて満足の吐息を漏らしながらシャールが返事をした。


「いやあ、どう見ても、あの子、シャールに気があるでしょ。私には分かる」

「適当なことを言うな」

「あれ? シャールもまんざらじゃなかった?」

「あのなあ」


 こんな会話ができる友人がいることがシャールにはありがたい。

 今ではザルツに居た住民たちからの視線が冷たくなっていることが身に染みている。

 自分に責任はなく、単に近くに居て分かりやすいから苛立ちをぶつけられているということを頭では理解していても、心はざわめいていた。


 そして、小六から向けられる好意についても悪い気はしていない。

 幼いように見えて、いつの間にか片言とはいえ話せるようになっている賢さも持っている。

 何より柔らかな物腰で、粗野っぽさや卑しさがないことにシャールは好感を覚えていた。


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