第10話 勝ち戦の結果
シャールは物見の報告を受ける。
ビースト・ジャバダンは死亡、敵軍の三分の二が死傷と聞き、シャールは眠い目を見開いた。
「確かに凄い火の勢いであったが、それほどまでの損害なのか。して原因は?」
物見の頭の歯切れが悪くなる。
「うち捨てられた重傷者からいまわの際に聞き出しましたが、炎の魔神が出ただの、ドラゴンが出ただのと要領を得ませんでした」
炎の魔神やドラゴンが味方してくれれば世話はないな、とシャールは苦笑した。
エルフの精霊王なら炎の魔神を呼び出すことは可能だろうし、蜥蜴族の龍語魔法の使い手ならドラゴンの姿になることもできると聞いている。
どちらもザルツからは遠い地におり、こんな人間同士の小競り合いに加勢をするいわれが全くなかった。
「意識がはっきりしたのはいないのか?」
「そういう目端が利くのはさっさと撤退してます。我々を見ても反撃してくるどころか怯えて逃げるぐらいでして。あ、そうだ。一人だけ意識がはっきりしたのがいるのですが、ひどく怯えていてしゃべれる状況にありません。我々にその……暴行を受けるのではないかと恐れています」
「兵ではないのか?」
「若い女です。騙されたのか、金で買われてきたのか。ジャバダンの相手をさせられていたようです。まあ、マージャ王国の連中も死んだボスの女を気遣う余裕もないということでしょうな」
やはり疲労の色が隠せないカチュアが勢いづく。
「追撃しますか?」
「いや、やめておこう。我々の任務はザルツの防衛だ。単純な兵数ではまだこちらの方が少ない。どこかで立て直されて反撃されても面倒だ」
「逃げ遅れた兵はどうしますか?」
「住民たちの中の血気盛んなものたちから、敗兵狩りの申請があった。日没までに戻らねば、城外で一夜を過ごすことになるときつく言い含めてから、外に出してやれ」
乱世の住民は
侵略側も負け戦では命がけとなる。
粗末な武器を手にした住民たちに襲われることとなった。
本隊が撤退した後に取り残されるような半ば鈍くさい兵を圧倒的に多数の住民が取り囲む。
多少の武芸ではいかんともしがたい。
抵抗すれば血祭りにあげられて装備品をはぎ取られた。
投降すればやはり所持品は奪われて、奴隷市場で売り払われることになる。
勝敗が逆なら妻や娘にどのような悲劇がみまうことになったか、それを考えれば住民たちが容赦をするはずもなかった。
城外の集落に住んでいた者はさらに怒りが大きい。
家を焼かれ、秘匿していた物資も奪われている。
その穴埋めをするための原資は、マージャ王国の敗残兵に求めるしかなかった。
ということで自業自得ながら、戦場に取り残された兵の運命は過酷なものとなる。
住民の手を逃れ、ある程度の距離を確保できても油断はできない。
夜になると、激戦地の周辺にはごみ漁りと呼ばれる者達が現れた。
ごみ漁りの実態はよく分かっていない。
背丈は子供ぐらいで灰色のローブを被っており、顔は良く見えなかった。
力は強くなく単純な殴り合いなら人間一人でごみ漁り三人ぐらいを圧倒できる。
しかし、ごみ漁りは先がくるんと丸くなった赤い杖を持ち、眠りの魔法を使った。
眠ってしまったが最後、その者の痕跡は一切残らず地上から消えることとなる。
一説には死神の一種ではないかと言われ恐れられていた。
住民たちとごみ漁りによる敗残兵狩りにより、ザルツの町に近いところやそれよりも東よりに
こうして、さらに犠牲が増え、マージャ王国の遠征軍8千名の内、自国内になんとか帰還できたのは1500名を数えるのみだった。
まさに惨敗というしかない。
ましてや、ブラン帝国の防衛軍が5百程度だったことを考えると、ありえないほどの惨憺たる結果と言えた。
ビースト・ジャバダンは戦場の露と消えたが、仮に生き残って帰国しても粛清は免れ得なかっただろう。
小六がアーレに向かって呟いた。
「これでもう防衛について心配はいらないかな。まあ、とりあえず腹を斬らなくてすみそうだから良かったね」
「なんだ、それは?」
「負けたら責任取って腹に短刀突き刺して自刃するんじゃないの?」
小六が手真似をしてみせるとアーレは呆れた声を出す。
「それ、痛いだけですぐに死ねないだろう?」
「そうみたいだね。だからこそ俺の居たところでは武人の証というか、そんな感じだよ」
「小六の世界は簡単に死にすぎだ」
「そう?」
「ああ。間違いない。話を戻すが、防衛に成功したとはいえ、残念だがあの娘の試練はまだまだ続くな」
その言葉どおり、場所を変えてのシャールの戦いが始まるのだった。
後方への道が開けたので、都に送った王国軍撃退の報の早馬に対して、ザルツ放棄という不可解かつ理不尽な命令が返ってくる。
これには防衛に携わった軍からまず不満の声が沸き起こった。
状況からすると奇跡的に少ないとはいえ、戦死者や負傷者がいないわけではない。
これでは戦傷者が浮かばれないというのは当然の反応だった。
さらに、この話が住民に広まると不満が爆発する。
故郷や家を失うとなれば、はいそうですか、となるわけがなかった。
軍監は自分の帰都の準備をするばかりで事態の沈静化に動こうともしない。
むしろ、居丈高に命令違反は反乱罪と脅して反発を買うばかりだった。
最初は激昂した兵士たちも一日が経つと落ち着きを取り戻す。
一番働き苦労したシャールが誰よりも悔しいことは分かっていたからだった。
シャールの指示で木を切り出し大量の荷車を作り始める。
次に落ち着いたのは、城外に住んでいた避難民である。
焼かれた村を再建することを考えれば、どこか他の場所に入植するのも手間は変わらない。
それでも避難の説得の際にシャールが言った「必ず村に帰れるようにする」というセリフをとらえて、嘘つきと罵倒するものは出る。
周囲は色めき立ったが、シャールはすまないと素直に頭を下げた。
ザルツの住民は最も抵抗する。
家や仕事などの生活基盤を丸々置いて去ることに対しての不安は当然大きかった。
粘り強くシャールは説得を続ける。
王国が再び攻めてくれば死が待っているし、攻めてこなくても、帝国の保護は失われることを諄々と説いた。
アルビオン弓兵は約束は果たしたとすでに帰郷している。
もし、再び帝国が戦力を整えてきたら、投石器がなくても持ちこたえられそうにない。
マージャ王国があまりの一方的な敗北の雪辱のために一万以上の兵を編成中という真偽不明の情報もある。
シャールは焦った。
どうしても説得に応じない百名ほどに対して、最後通牒をする。
「私の出立後、ここはブラン帝国領ではなくなり、同時にあなた方は帝国からの庇護が受けられなくなる。王国から歓迎されると思うなら好きにすればいい」
歯を食いしばりながら吐き出すシャールの言葉に、重ねて抗議できる者はいなかった。
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