第9話 連戦
一度城内に戻って武装を整えると、シャールはアルビオンの傭兵隊長に直談判をする。
「追加料金を払うので、城外に出て退路を塞ぐ敵騎兵の撃破に力を貸して欲しい」
傭兵隊長は即答しなかった。
傭兵は現実主義者でなければ務まらない。
稼いだ金も生きていなければ使えないし、故郷には養わなければならない家族もいる。
その一方で、孤軍奮闘するシャールには多少なりとも敬意を抱いていたし、機を見て夜戦で勝利をつかんだ手腕にも舌を巻いていた。
それに美人の頼みである。
多少の無理なお願いを聞く余地はあった。
ただ、弓兵は城内での防衛戦闘には向いていても、騎兵相手の野戦は得意ではない。
素早く彼我の戦力を計算する。
騎兵の数では味方がやや劣るが、パイクを持つ歩兵100が加わると逆転した。
さらに戦には勢いというものがある。
追加料金も申し分のない金額だった。
「いいでしょう。お引き受けする」
マーグレフが自分が指揮を取るので少しは休むように進言したがシャールは首を横に振る。
昨夜からの連戦で残る疲労を不安要素として抱えつつ歩騎混成部隊で出撃した。
いざ接敵すると、拍子抜けするほどあっさりと敵騎兵をほぼ殲滅し、二十名ほどを捕虜とする。
多くの馬匹も鹵獲した。
朝日を背に浴びながらザルツの町に戻る。
町の中に入ると傭兵隊長はニヤリと笑ってシャールに言った。
「こんな楽な仕事でボーナスをもらって悪いですな。あれなら、貴殿の軍だけでも間違いなく潰せたでしょう」
「味方に死者が出なかったのは、弓兵の支援があったからばこそだ。そう考えれば決して高くない」
仮眠を取るために去っていくアルビオン弓兵を見送ると、シャールは忙しく戦後処理を始める。
配下の兵たちも交代で休めるように指示を出した。
直接戦った者以外にも、手薄な状況で城壁で見張りをしていた者もいる。
ほぼ全員がなんらかの役割を果たしていたので、ローテーションを組みなおすのは大変だった。
幸いにも快勝したので、兵士たちの士気は高く、引き続き見張り番になった者たちも、ぼやきながらも笑って超過勤務を引き受けてくれる。
シャールは次いで住民たちを指揮して、城の周辺から矢や石を回収させ、マージャ王国兵が放棄した武器なども奪わせた。
再び総力戦を挑んでくるとは思えないが、過去二度の戦いで物資の底が見えている。万が一に備えて補充しておく必要があった。
同時に物見を出して、敵の残存兵力の正確な数も探らせる。
負ければそれどころではないが、勝っても兵士と異なり将は忙しいのだった。
物見が帰ってくるまでの間、敵騎兵の捕虜を尋問する。
「なぜ、あんなにあっさりと崩れた?」
「まさか城を出てくるとは思わねえし、隊長も副隊長も指示を出しやがらねえんだ。どうしようもねえよ」
他の複数の捕虜に聞いても同じような返事が返ってきた。
敵が脆かった理由は分かったが、ではなぜ敵の隊長が指揮をしなかったのかという新たな謎が生じる。
その答えは得られないまま、シャールは次の苦行に臨んだ。
何もしなかった軍監が、昨夜の奇襲は自分が提案したものであり、その手柄は自分にあるのだと居丈高に主張する。
相手にするのもアホらしかったが、シャールは冷静に指摘した。
「遠投投石機が燃えたのは敵の失火によるものです。たまたまタイミングがあっただけで、我らが破壊したわけではない」
帝都への報告書に自分の手柄を盛りたい軍監との不毛な話し合いを終える頃には、もう日が高く昇っている。
シャールは立ったままで軽食をかきこむと城内の巡視に出た。
もうすぐ村に戻れると期待する避難民に、まだ戦は終わったわけではないとやんわりと告げてまわる。
シャールも武人なので昨夜直接倒した敵の数はおおむね把握していた。
部下も含めると体感として500程度は死傷させたと思っている。今朝潰した騎兵も合わせても直接の損害は700にしかならない。
元々の兵数差が大きすぎて、まだ敵兵の方が数の上では多いはずだった。
ただ、遠投投石機が無くなれば、城壁がものをいう。
敵の増援がなければ守り切る目算ができ、楽観視はできないものの昨日と比べれば圧倒的に明るい未来が描けた。
見回りの途中で、シャールは遠投投石器で壊された家の後片付けをしているところにさしかかる。
小六が住民に混じって手伝っているのを見かけた。
周囲の者と片言で会話しながら、がれきを取り除いている。
寝不足で顔に疲労を色濃く残すシャールとは対照的に笑みを浮かべ元気な顔をしていた。
いいなあ。私も少し眠りたい。
そんな願いをシャールは頭を振るって追い出す。
物見が戻ってきたとマーグルフがやってきて告げるので城館へと引き返した。
この時点ではシャールも知る由もなかったが、実は小六もほとんど寝ていない。
遠投投石機を燃やした後に、ザルツに戻ろうとしたところへ敵兵の掃討に付き合っていた狼のアーレがやってきて、恐らく次は騎兵を排除しにかかるだろうと告げた。
戦いながら、今なら騎兵も潰せるかもとシャールが呟いていたのを聞いたのだと言う。
女性ながらに双肩に重責を担って粉骨砕身するシャールに対して感心している小六はすぐに手助けすることを決める。
小六は騎兵の指揮官は潰しておくべきだなと判断した。
マージャ帝国の兵は上官の命令がないと動けない傾向が強い。
指揮官さえ居なければ200という数も烏合の衆と化すことは間違いなかった。
城内で拾って作っておいた棒手裏剣はまだ5本残っている。
これだけあれば十分だった。
小六も後方を扼する騎兵の存在は小うるさく感じている。
戦意は高くないが、城が落ちるとなれば、漁夫の利を得んと殺到してくるのは目に見えていた。
この機会に後方の安全確保を図る判断は将として正しい。
背後との連絡が取れれば、援軍も要請できるのではないか。
小六は森の中を走った。
密かにタイミングを伺い、シャールの部隊が攻めかかる直前に野営中の指揮官を襲う。
ぐっすりと眠る相手の耳に長い釘を刺した。
シャールたちが到着し戦いが始まるとさっさと身を隠してザルツへと戻り始める。
小六は表立っての活躍をするつもりはなかった。
アーレは残って手助けするというので別れる。
警備の手薄なザルツの町に潜り込むと、割り当てられた小屋で束の間の眠りについたのだった。
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