第7話 防衛戦
小六はザルツの町の城壁の上に立っている。
ブラン帝国の辺境にあるごく小さな町ではあるが、城壁は高く、堀も穿たれており、堅い守りで知られていた。
しかし、今は落城の危機に瀕している。
小六の目に映るのは町を取り巻くマージャ王国の兵約6千であった。
一方でシャールの指揮下にある正規の兵士で動けるものは483名。
ザルツの町を巡る攻防戦が始まって12名の戦死者が出ている。一方でマージャ王国の死傷者は2千名をゆうに超えていた。
10倍以上の敵に対してかなりの善戦をしているといえる。
当初、マージャ王国の動きは想像以上にゆっくりしたものだった。
小六がこの世界にやってきた日からザルツの面前に布陣するまでに10日もかかっている。
無人の集落を3つほど燃やして気勢をあげ、その度に宴会をしていた。
ジャバダン自身が勤勉とはいえない性格であり、ザルツの町は落ちる前提で進軍している。
一応、参謀が騎馬隊200ほどをザルツの背後に送って帝都方面に逃げられないようにしていた。この辺りの処置もジャバダンは他人任せである。
通常なら避難指示に従わない一家が山野に潜んでいるのをあぶりだして、母娘ともに辱めるのだが、ジャバダンの悪評が広まったことによりただの一家も指示に違背するものはいなかった。
楽しみを奪われてジャバダンは酒ばかり飲んでいる。
あまりに無聊というので後方に人を派遣した。
ザルツが落ちるまでの間の場つなぎの娼婦を買うためである。
参謀が施した奇襲の策が失敗したと聞いても、ジャバダンは別段なにも思わないようだった。
むしろ城頭に立つシャールの姿を見て、いい女を死なせずにすんで良かったと言い放つ始末である。
ザルツの包囲が完成して攻撃を始めても、秩序も何もない単純な力攻めで始まった。
ジャバダンの命令で進んできた寄せ手は、堀ぎわの逆茂木のところでもたついているところを有名なアルビオン弓兵100名の的確な射撃で狙い撃たれる。
アルビオンは山と岩しかないと称される小国で、伝統的に傭兵稼業が重要な産業だった。その弓兵は正確無比な射撃で知られ、傭兵料も安くない。
やる気のないブラン帝国がその費用を出すわけもなく、シャールが屋敷などを売り払って作った金で雇われている。
数をたのみにマージャ王国兵も撃ち返すが、弓兵の数は500と多くなく、狭間胸壁に守られたアルビオン弓兵が圧倒的に有利だった。
射撃戦の合間にも空堀に多数の兵士が侵入し、無数の梯子を立てかけて城壁を越えようとする。
それに対して住民や避難民の中からの志願者が、子供の頭ほどの石を落して阻害した。数名を巻き込んで寄せ手の兵士が落下する。
石の次には煮立った糞尿が降り注いだ。
本来ならば突撃を支援しなければならないマージャ側の弓兵は、真っ先に標的とされて射すくめられておりそれどころではない。
なんとか城壁にたどりついた兵士を複数の手槍が出迎えた。
即席の梯子を上るため、寄せ手の装甲は軽いものとならざるをえない。槍先にたいして十分な防御効果を発揮することができずに、絶叫をあげ血をまき散らしながら落下する。
結局、初日の戦いは大して戦果をあげることなく、誰ともなしにマージャ側の兵士が逃げ出して終了した。
五日後に同様の攻撃をしかけてくる。
初戦で物資が尽きたことを期待しての行動で、当然のごとく初日と同程度の損害を出して撃退された。
この間、シャールは常に働いている。
夜間の歩哨で、声をかけられないものはいなかったし、総攻撃を受けたときも、一番戦闘の激しい場所にはシャールの姿があった。
城壁の一部に橋頭堡を確保されたときも、ぱっと駆けつけて剣を振るう。
白銀色の鎧を赤い点や線で彩りながら敵を斬りふせ、たちまちのうちに追い払った。
味方からは敬意を込めて、敵からは憎悪と共に戦いの天使と称される。
住民や避難民の慰撫も忘れない。
十倍近い野獣のような敵に包囲されているという不安は神経を苛む。
笑顔を絶やさずに声をかけて回ることで、安心させた。
その様子を観察して小六は感嘆する。
将としての優秀さに感心すると同時にその心労を察して支えてやらねばと思った。
ザルツ側の損害は彼我の戦力差からすると驚くほど少ない。
しかし、初戦の後は、住民などからの志願者が多少は減ることとなった。
流れ矢が飛んでくることもあるし、すぐ近くに敵兵が踊り込んでくるのを見ると恐怖に駆られるものが出るのは仕方ない。
そこで再度徴募が行われて、小六は殊勝にも手を挙げて志願したのだった。
二度目の攻撃以降は小康状態が続いている。
ジャバダンも遅まきながら、後方の陣地に置き捨ててあった遠投投石機を前線に運ばせるよう指示を出していた。
最新兵器など使わずとも城を落したと言いたかったジャバダンの虚栄心は少なからず傷ついている。
遠投投石機の運搬と組み立てでさらに五日を空費した。
同時に切り出しを命じられていた巨石がいくつも運ばれてくる。
がこんという音とともに遠投投石機から発射された最初の岩は空堀の手前に落ちた。ずしんという地鳴りはそれだけでブラン帝国側の心胆を寒からしめる。
大勢で綱を引いて遠投投石機の腕を元に戻すと、錘を調節して次の岩を発射した。
3発目は城壁の底部に激突する。
轟音とともに城壁を揺らした。
さすがに破壊することはできない。
何発目かは城壁の上に落ちて狭間胸壁を破壊し、負傷者を出した。
住民からの志願者が逃げだし、防御側の士気も目に見えて低下する。
王国側は景気よく岩を撃っていたが、夕刻が近くなると発射がやんだ。
大きな白旗を掲げた騎兵が城門近くまでやってくると大声を張り上げる。
「ザルツの住民に告げる。我らの新兵器の威力は見たか? このまま戦いが続き落城すればどうなるか分からないことはないだろう。城門を開き降伏するなら、寛大な処置をしてやる。よく考えることだ。少しだけ猶予をやろう。期限は明後日の朝までだ」
住民たちは動揺した。
さすがに今すぐ降伏しようという声は大きくない。
ジャバダンの蛮行が有名になり過ぎて、妻や娘を持つ者は寛大という内容に疑問を持たざるを得なかった。
それでも独り者で大した財産もないと、降伏しても大差はないと考える者が出る。
人々はシャールの元へと詰め寄せて、戦いを続けるなら遠くから岩を振らせてくるものを何とかしてくれと訴えた。
一か八か決死隊を募り、破壊をしに出陣すべきだという声が大きくなる。
美々しい服を着た軍監へも人々が叫び、勢いに押されて検討すると答えてしまった。
「攻撃魔法に長けた魔術師がいれば……」
軍監は愚にもつかない繰り言を言う。
城壁から火球の呪文を飛ばしても届きはしないし、仮にあれだけの大きさのものを燃やすには一人や二人の魔術師の魔法では非力だった。
石火矢や大鉄砲がなく、防御側が圧倒的に有利だと考えていた小六も考えを改める。まずはあのからくりをなんとかしなくてはならないな。
人々を宥めるのに苦慮するシャールの横顔を視線でひと撫ですると、小六は騒ぎの輪から離れていった。
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