第19話 追憶:やっぱり苦手な女の子
そして来たる放課後、彼女は私の前に再び立ちはだかった。いや、席が前だから、常に立ちはだかれてはいるのだけれど。
「佐藤さん、行こうか」
「え、何処に?」
「あれ? 言ってなかった? ゲーセンだよ」
「ゲームセンター!? なんでよ」
「え? だって言ってたでしょ。ゲーム好きだって」
「いや、私が好きなのはそういうゲームじゃ──」
「よし! 行くぜ! 行こうぜ! 今すぐに!」
「え、ちょ、ちょっと!?」
無遠慮に私の手を引き、彼女は駆け出した。
ゲームセンターは学校からわりとすぐのスーパーにあった。
何の変哲もない、唯のゲームセンター。そこに、私たちのかけがえない思い出が詰まることになるとは思いもしなかった。
「ほら、何ボーッとしてんの。ここまで来たんなら遊ばにゃ損損!」
「いや、誰がここに無理やり連れてきたのよ」
「まぁまぁ、細かいことは良いじゃない! 早く早く!」
「あーもう、話が通じないわ……」
UFOキャッチャー、エアホッケー、太鼓の○人、ゾンビを倒すガンシューティング。
結局色んなところに引きづり回された。やる気なんてなかったってのに。ただ、文句は言えなかった。理由は2つ。
一つは、彼女が勝手に私の分のお金を払ってしまっていたから。
もう一つは──
──存外楽しかったから。
そのくらいの理由だった。
たったそのくらいのことで、私の心は揺れ動いてしまった。
「ほらほら、次行こ! 次!」
また彼女は私の手を引く。こういうのに慣れていない私は疑問だった。
「なんで、私とだったの?」
「それはどういう意味で?」
顔は振り返らず、耳だけを私の方に向けていた。
「早乙女さんには、もっと一緒に遊ぶ人がいるでしょ」
「遊ぶ人って、え? どういうこと?」
「だから、私みたいな陰キャ誘わなくても、もっと色んな友達を誘えばいいじゃないってことよ」
「あぁ〜、そういうことね。なんか、そういう考えって勿体無くね?」
「勿体無い? 何が?」
「人を勝手に陰だの陽だのカテゴライズして、それだけで人との付き合いを捨てて……馬鹿馬鹿しくない?」
彼女はようやく振り返った。長い茶髪がひらりと空を舞う。
拍子に見えたその顔は、綺麗事を言っているようには見えなかった。
「珍しい……」
「珍しい?」
「いや、貴方みたいなタイプでそういうこと言える人って今まで見たことなかったから」
「そうか? どうだろ? それは今まで佐藤さんが、ちゃんとその人たちを見てなかったからじゃないかな」
その言葉に視界が澄んだ。それまで、少し霞がかって見えた景色の色彩が際立って見える、そんな錯覚に陥った。
陽キャは、陽キャとしか遊ばないものかと思っていた。それは、彼らが瞬時にその見た目や性格から陰キャかどうかを査定していると思っていた。
そして、私もその値踏みする目が気に入らなかった。
だが、もしかしたら、本当に値踏みしていたのは私の方だったんじゃないのか?
色眼鏡越しに見ればどんな目も、色がついて見えてしまったのではないか。
「それは──」
答えようと、開く口を人差し指で止められる。
「ま、どんな考えも佐藤さんの自由だけどね!」
彼女は、私の口に立てた人差し指を、自分の口の前に持っていき、悪戯に笑う。
「ずるいわ……」
反論を返させない。正解のわからない質問。そして何より、その悪魔的で暴力的な可愛さ。
その全てから出た言葉だった。
「ん? 何か言った?」
「いいえ、なんでも」
「そう? それならいいけど……。逆に私からの質問はいい?」
「何よ」
「貴方の下の名前は?」
「え、何なのよ、急に」
「だって、ずっと苗字呼びは他人行儀過ぎじゃね?」
「ずっとって言っても、これが終われば話すこともそうないでしょ」
「え、なんでよ?」
「だって、早乙女さんが私と関わる意味なんてないでしょ」
そうだ。いくつ色眼鏡を外そうと、彼女は私とは違う。住む世界から、その容姿を含めて全部。その事実は変わらない。
「はぁ……またそれ?」
私の考えすぎるほどに考えてきた人との関わり方は、ため息に吹き飛ばされる。
「あのね、いちいち意味なんて考えてたら人生つまんないでしょ? 人との付き合い方の意味なんてものは最初から見つけるんじゃなくて作ってけばいいんだよ!」
「意味を……作る」
「そ。初めは、関わりたいと思ったら関わる。そこで、楽しければOK! 楽しくなかったらバイバイ! それだけ」
「そんなテキトーな」
「案外、テキトーなものなのよ。人との関係の初めなんてね。だから、もう一度聞くから軽い気持ちで答えて」
「え、は、はい」
彼女の圧に押され、2歩後ずさる。拍子にズレるメガネに手をかけ、直す。
その隙に、空いた2歩を即座に縮め、彼女は私を指差した。
「貴方の名前は?」
「佐藤莉子。字は、普通の佐藤に、茉莉の花の『莉』。そして、黒子の『子』」
「なるほどね。莉……子、こうか」
彼女は掌に指で今言った漢字をなぞる。
その正確さに思わず口を開く。
「驚いた、わかるんだ」
「あ〜、私のこと馬鹿だと思ってたでしょ?」
「まぁ、多少は」
「あ〜、やっぱり」
「いや、でも正直、茉莉の莉で一発で通じたのなんて数えるほどだったから、本当に凄いと思う」
「まぁ、そう言われると悪い気はしないんだな、これが。でも、一つ言いたいことはあるかな」
「言いたいこと?」
「黒子の『子』じゃなく、撫子の『子』。こうすれば、両方花で花で合わせられるし、何よりイメージに合うでしょ?」
「え? 何、じゃあ貴方は、私が撫子だとか言いたいわけ?」
「事実そうでしょ。莉子髪あげれば可愛いし」
「へ?」
彼女は躊躇なく私の顔に手を伸ばす。そして、目まで掛かった、私の遮光カーテンを堂々とかき上げた。
普段使い慣れていない反射神経が反応する頃には全てが遅かった。
「う、うぉぉぉお!」
変な声を出し、即座に彼女と距離を取る。
「か、顔! 手、近い!」
「あ〜、ごめん。こういうの苦手なタイプなんだね。これ、私の悪い癖なんだ。人との距離がわからないんだよ」
「も、もういいから! つ、次行くよ!」
顔の赤信号が見られたくなくて、咄嗟に顔を背け、歩き出す。次のゲームが何処にあるかはわからないけど、兎に角歩くしかなかった。
「ちょいちょい! まだ私の名前──」
「知ってる」
焦る彼女に、言葉を挟み込んでやる。
恥ずかしかった仕返しだ。
「え?」
「早乙女梨珠。普通の早乙女に、梨の珠」
「ちょ、何で名前まで知ってんの?」
「クラスメイトの名前くらい知ってるわよ、特に貴方は目立ってたし」
「目立って……って、そんな変なことしたか? 私」
「変なことも何も、学校であんな立ち回りをしてたら目立つわよ。気にするなって方が無理な話」
「えと、それはつまり──」
そう言いながら彼女は早歩きで私を追い抜いた。そして、私に振り返り、顔を見る。
「──莉子は私のこと最初から気にしてたってこと?」
「そんなわけ……って名前呼び!?」
赤信号を超え、止まれ標識のような鮮明な赤になる。
この瞬間理解した。というか、再認識した。
やはり、私は早乙女梨珠が苦手だと。
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