第18話 追憶:苦手なタイプの女の子
甘え飽きて数十分。私は確かに見える現実に目を背けながら、彼女の隣を歩いていた。
掌からははっきりとした彼女の体温が感じられた。
「今日は、一段と甘えんぼだね。いったいどんな夢だったのさ」
「私が、令嬢になる夢……」
「令嬢? アンタが? そりゃあ、色々難しいんじゃない?」
「うん……難しかった。テーブルマナーも、服の着方も分からないだらけだったから」
「そう受け止められると、なんだか調子狂うわね。ほんとに大丈夫? 家まで送ろうか?」
私はゆっくりと首を縦に振った。
わかっている。このままじゃ駄目だということくらい。甘え過ぎた結果、あんな姿になった彼女にこれ以上もたれ掛かる。そんなの、許されることじゃないことくらい。
それでも、私はまだ梨珠に甘えていたかったのだ。
「はぁ。仕方ないな。よし、じゃあ少し遠回りして帰ろっか」
『仕方ない』。彼女のこの口癖すら、未だ私の耳に残り続けている。
私は再び首を縦に振った。すると彼女はその小さな手で力強く私のことを引っ張ってくれた。
そのまま数分。彼女は何も言わず、ただただ家と真反対に歩いて行った。
歩く彼女の姿を見て、目に焼き付ける。
その小さな体も、肩にかかる艶やかで浮世離れしたブロンドヘアーも。必要ない以上に上げられたミニスカートや、手入れが行き届いた指先だって。そのどれもが、『あの頃』の彼女だった。
一番楽しかった、あの頃の。
いつの間にか私の意識は、彼女の出会いへと飛んでいた。
──
きっかけは単純でありきたりだった。
「佐藤さんだっけ? よろしくな!」
50音順で決まる席の前後の関係。彼女は、『佐藤莉子』の一つ前に座る、唯の『早乙女さん』だった。
第一印象は、『私が苦手なタイプ』の女の子だった。
意味の分からないくらいに巻かれ、その色も相まって、もはや芸術の域に達したその髪。校則では禁止されている筈の口紅で、真っピンクに染まった唇。明らかに日本色じゃないその茶色の目。そして、出来損ないの男口調。どれを取っても、できれば付き合いたくない人種だった。
「……ども」
顔を背け、突き放す。これまでそうしてきたように、自然に。
こうすれば、もう大抵の人は話しかけてこない。そう、委員の仕事がある人か、それこそ、こんな私とも仲良くなろうと思う変人くらいしか。
「テンション低くない? そんなんで楽しいの?」
「楽しいかどうかで生きてない。貴方たちみたいなのと違って」
無視すれば良かった。当時の私はそう思った?
無視しなくて良かった。今の私なら確実にそう言える。いや、こんな彼女を傷つけることになるなら、無視していれば良かったのか……。
ありもしないタラレバが、頭の中を這いまわる。
「え、マジで!? 若者の私らが楽しさで動かずに何で動けっていうのさ」
「義務とか惰性とか、後はゲームの為とか?」
「うーん、よくわからないけど、ゲームは好きってこと?」
無知とは怖い。本当に。
ドン引きしてほしい私の本音すら、彼女は『わからない』で弾き飛ばしてしまった。
「いや、まぁ、確かにゲームは好きだけども……そういうことじゃない」
「ん? そーなん? 時に佐藤さん、今日の放課後空いてたりする?」
「いや、別に空いてるけど何? 勉強なら教えないけど」
「勉強なんて、つまらないことじゃないよ。もっと面白いことに時間を使わなきゃ」
「は? それってどういう……」
「あ、怜翔じゃん! 席近いね!」
私の言葉を最後まで聞かず、彼女は他の友達のところへと話かけてしまった。
「自分から話しかけておいて、なんなのよ……」
私のできるせめてもの反抗は、少し大きめに独りごつくらいのことだった。
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