第17話 追憶:記憶の中の君と

「……こ! ……にして……って、寝てるのか?」


 声が聞こえた。

 何か、懐かしい声だった。


 耳元に風を感じた。

 もう浴び飽きた温かい微風だった。


 自分が何かに突っ伏していることに気づいた。

 頬にあたる木目のような感触も、何か温かく感じた。


「ねぇ、でも、もう時間……起き……だよ」


 意識が冴えるにつれ、周りの喧騒にも耳が向かった。

 そこには、私が置いてきた忘れ形見があった。


「ねぇ! 莉子、起きてってば!」


 体を揺らされ、体に冴えが行き渡る。

 揺れる身体を止めるように、座る椅子の摩擦力が働く。この感覚すら、本当に懐かしく感じた。


「こ、此処は──」


 瞼をゆっくりと開く。ぼやける視界になんとなく映るその景色からですら、私は思い出すことができた。自分がいる場所を直観的に理解することができた。


「──学校?」


 そう。この場所は、私が最も楽しみ、もう二度と帰って来れないと感じていたあの場所だった。

 視覚と聴覚にかかっていた霞が完全に取れる。

 五感から感じる全てが此処を『学校』だと認識して放してくれなかった。


「そうだよ。何寝ぼけてんのさ。早く鞄持って。帰るよ」

「え……」


 声の方向に顔を向け、言葉を失う。

 目頭が突如熱くなり、自然と涙が込み上げてきた。


「え、ちょっと、何。なんで泣いてんの?」


 『彼女』は、怪訝な顔で私を見る。 

 おかしな話だ。本当はそんな顔をしたいのは、私の方のはずなのに。 


 もう会えないと思っていた。もう、その顔を見れないと思っていた。もし、何か奇跡が起こって会えたとしても、合わせる顔がないと思っていた。


 だけど彼女は超然として堂々とそこに立っていた。

 

「梨珠……なの?」 

「ん? やっぱり寝惚けてる? そうだよ。私はあんたの親友の梨珠だよ」


 彼女の名前は、早乙女梨珠。

 私の人生で唯一できた親友であり、私の最大の後悔そのものだった。


 そして、それがわかると共になんとなくわかってしまった。これは、夢か何かだ。


 なんたって彼女は──



 ──私が転生する前既に、自ら命を絶っているのだから。


「夢……いや……例えそうだとしても……」


 首を左右に振り、座りながら梨珠の身体を抱きしめる。

 彼女の小さな身体は、私の身長と腕の長さでも、簡単に包み込まれてくれた。

 彼女の薄い香水の匂いが鼻腔を撫でた。やっぱりいい香りだった。


「あ〜、やっぱり怖い夢でも見たんだね。ほ〜ら、大丈夫だよ。アンタの親友は今目の前にいるよ〜」


 両目から流れる涙が自然と彼女の制服に溶けていく。正直、自分でもキモいことをしている自覚はあった。しかし、涙も感情も、止まってくれないのだから仕方がない。


「あ~もう。鼻水だけは付けないでよ?」

「うぅ……ん」


 私は甘えた。彼女に甘え忘れ多分を取り返すように縋り付いた。

 下校のチャイムと音楽をBGMに、ゆっくりと、それでありながら確かに時間は流れていった。

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