第14話 無謀な争い
風のように去った彼女を見送ると、部屋の中は一層、しんとする。もともと静かな筈の休憩室だが、何か寂しさを感じる。
残されたのは、私と親友の弟の2人だけ。メイドには、「巻き込んで悪かったわね」と詫びだけ入れて退室させた。
彼と2人で話したかったからだ。正確に言えば、彼との会話を他の人に聞かれたくなかったからだ。
「起きてるんでしょ? ライズ君」
私が声をかけた彼は、耳元を熟れた果実のように赤らめていた。私はその理由を知っている。
「…‥なんで残るのが貴方の方なんですか」
明らかに不機嫌そうな顔でこちらを振り向いた。眉間に皺が寄り切っている。
「なんなのよ、その顔は」
わざとらしく聞いてみるが、大体彼の不機嫌の理由はわかる。というか、誰よりもわかる自信がある。
忌々しいことこの上ないことに。
「貴方が邪魔をするからでしょう。それに、なんなんですか、その呼び方は」
「あら、セルフィの前ではこの呼び方を徹底すると言ったはずよ?」
「今は姉上はいないですよ。その呼び方、怖気が走るので、できるだけ辞めてください」
「まったく、生意気な口を聞くようになったものね。あの頃はあんなに可愛かったのに」
「昔は昔、今は今です。それに、貴方だってそうでしょう? 昔はあんなにお淑やかだったのに」
「別に今だってエティとアンタの前以外じゃ、お淑やかで通してるわよ」
「姫様は猫をかぶるのがお得意のようで」
「ほんと、可愛くないわね。今の貴方をエティに見せてあげたいくらいよ!」
「姉上の前で、こんな態度取るわけないでしょう。気も使えない上に、考えることすらできないのですか?」
「……悪かったとは思ってるわよ。良いところを邪魔しちゃったのは……。でも、抜け駆けは駄目っていう約束を破ったのは貴方の方でしょう!?」
「あ、あれは、不可抗力ですよ。寝ている僕の頬に姉上の方から口付けをしたのですから」
「でも貴方、起きてたんじゃない」
「そ、それは……。で、でも貴方だって、姉上から『愛してる』なんて言われてたそうじゃないですか!」
「な、何故それを!?」
「護衛のメイドに聞きました」
「……あの子達にはもう少し注意が必要なようね」
それでも、互いに誰よりも自分達のことを理解していて、未だに離れられないのは──
「まったく……まさか、自分の弟が恋愛感情を交えるまでの姉好きになってるって知ったら、エティはどう思うでしょうね」
「それを言ったら、親友だと思っていた人から向けられていた眼差しが友愛の目じゃなく、実は恋慕の目だったなんてことを姉上の気持ちを考えると不憫でなりませんよ」
──『好きな人が同じ』。その、たった一つの共通点が私達を繋ぎ止めているからだ。
お互いにお互いの目を睨みつける。
先に口を開くのは私からだった。
「お堅い考えね。この国なら全然アリよ! アリにするのよ!」
「それなら、こっちだってアリな筈です! 僕と姉上には血縁上結ばれる権利があります!」
お互い言っていることは滅茶苦茶で。でも、それを分かった上でも引くことができないほどに、私達の想いは積み重なっていた。
「「はぁ……」」
しばらく睨み合っていた目は、いつの間にか落ちて、互いの溜息だけが、そこに残った。
どうやら、無謀な言い合いということを理解したらしい。
「いや、もう止めましょう。本人がいない場で話される痴情のもつれが産むものなんて、虚しさ以外の何物でもないわよ」
「……それも、そうですね。姉上に寝ているように言われましたし」
「そうしなさい。私もエティに貴方のことを任されているんだから」
「……寝てる間に変なことしないでくださいよ」
「するわけないでしょう! とっとと寝てなさい」
「はいはい。わかりましたよ」
そう言って、彼は布団を被り私に背を向けた。
しばらくすると、深い寝息が聞こえてきた。一安心しながらこっそりと、顔を覗き込んだ。
すると、そこには、あの日の少年の寝顔が健やかに転がっていた。
「まだ、12……いや、この間13歳になったんだっけ?」
こうして見れば、歳相応の可愛らしさがあるのに、どうして口を開けたらあぁなのかしら。
でもま、憎まれ口も年上の務めよね。
そう思いながら、そっと彼の額に手を当てた。
「どれだけ忌々しくても、どれだけ悪口を告げたとしても、結局、貴方は親友の可愛い弟なのよ。手なんて出せるわけないでしょう……」
その瞬間、休憩室の窓から冷えた風が差し込んだ。もうそんな季節なのかもしれない。
「エティ。どうか、この子の為にも無事でいて……」
自分の両手を重ね合わせ、私は再び彼の看病に戻るのだった。
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