第13話 覗き見の王女

 唇が離れた瞬間、入口からガタッという音がした。それに反応して振り返ると、そこには──


 ──エティが、立っていた。それも、片足立ちで右手を大きく前に出したような変な姿で。


 頬に冷や汗が伝っているのを見るに、入る際に体勢でも崩したのだろうか。


「こ、これは違うの。別に覗き見をしようとしていたわけではなく──」

「お、嬢様! それは──」


 後から入ってきたメイドが咄嗟に遮るが、流石にそれは遅い。


「覗き見? エティ。それってどういうこと?」

「あ……。いや、それは……」

「ち、違うんです! これは私が悪いんです! お嬢様は悪くありません」


 口籠るエティの前に立ち、メイドは自分の胸を右手で叩いた。自分の主を庇わんとするように。


「私が部屋に入ろうとした時、既にセルフィリア様が入室されていたのです。なので、お二人のことを気遣い、入室を躊躇っていたのですが……」

「そこにエティが合流して、一緒に盗み聞きでもしようって言われたんでしょ?」

「な、なんでそんなことまでわかるのよ!?」


 驚いているように見えたのは、メイドよりもエティの方だった。


「そのくらいわかるわよ。何年の付き合いだと思ってるのよ」

「わ、私が悪いんです! そこで、主人の過ちを止めないどころか、それに加担した私が!」


 その時、メイドの震えた肩に右手が乗った。勿論エティの手だった。


「貴方は下がってなさい。これは私とセルフィの問題だから」

「で、ですが……」

「いいから」


 そういうエティの顔からは、既に冷汗は失われていた。私にはその顔が、酷く冷静な顔に見えた。


「全部、このメイドが言った通りよ。悪いのは私。だから、罰なら私に与えなさい」


 こう、責任の負い合いを見ていると、なんだか私の方が悪いことをしたかのように思えてくるから不思議だ。覗きは悪いことで、覗かれたのは私の方なのに。


「罰を与えられる……この言葉の意味を本当にわかってるのよね?」

「えぇ。できることなら何でもするわ」


 エティのその真っすぐな瞳から必死さがひしひしと伝わってきた。


 私はその瞳に、上がりそうになる口角と、上ずりそうになる声を頑張って抑え込んだ。


「じゃあ、エティには一つ罰としてお願いを聞いてもらいます」


 エティは、喉を揺らし、固唾を呑む。

 それを見てもう、抑えるのは限界だと思った。


「じゃあ、エティ。私の代わりに弟を看ていてあげて」

「へ?」


 凄く気の抜けた声だった。間の抜けた顔だった。

 そして驚くべきことに、エティの後ろのメイドも全く同じ顔をしていた。

 きっと、今の私の言葉が飲み込めず、脳が処理落ちしたのだろう。まったく、私が幼馴染にどんな酷いお願いをすると思ったのだろうか。 

 考えるだけでどんどん口角が上がり、果てには「ぷっ」と笑い声が吹き出してしまった。

 

「え、えと…‥そんなことでいいの?」


 まだ状況が掴めていないのか、エティは声を震わせて聞いてきた。


「いいのよ。そもそも、私怒ってないし」

「そ、そうなの!?」


 エティは、6年以上幼馴染をしてきた私が全く見たことのないような顔をしていた。まさに目を点にして、泡を喰らったような顔だった。


「覗き見くらいで、激怒したりしないわよ。それもエティにだし」

「だ、だって、めちゃくちゃ怒ってる雰囲気だったじゃん!? 私、本気でヤバいと思ったんだから!」


 彼女の語彙力は死んでいた。どうやら、本気で焦っていたようだ。ポーカーフェイスはうまく機能していたらしい。


「一回、ウィズダムにやられたのをやってみたかったのよ。なんだか、私だけがやられてたら癪じゃない?」

「な、なんなのよ……まったく」


 エティは、脱力し、張っていた肩を下ろす。そしてゆっくりとその場に膝から崩れ落ちていった。前にその価値を尋ねた時、目が飛び出るような値が返ってきたドレスが、ウェディングドレスのトレーンのように床に着いていた。

 奥にいるメイドも胸に手を当て、深く息を吐いていた。

 その様子を見て、流石にやり過ぎたと思った。


「でも、恥ずかしかったのは本当だから、ちゃんと言ったことは聞いてもらうけどね」


 それはそれ。これはこれだ。


「あぁ……ライズ君を看ていればいいのよね? それはいいけど、セルフィはどうするの?」

「私は、行かなきゃいけないところができたから」

「行かなきゃいけないところ?」

「弟を傷つけたやつにお灸を据えてやらないとね」

「ライズ君を傷つけた人?」

「うん。今はちょっと時間がないけど、帰ったら全部話すから」

「絶対よ?」

「うん。約束する」

「そ。じゃあ、行ってきなさい。ライズ君は私が見てるから」

「うん。私の弟を宜しく」


 自分で言った言葉に騒つく胸を抑えて、私は勢いよく扉を出た。

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