第12話 お姉ちゃんとしての役割
彼の寝顔を見て、昔のことを思い出す。
ライズが私の弟になって1年も経たなかった頃だ。魔法の練習中、魔力不足で倒れたことがあった。
そのときも付きっきりで看病した。
「私達に任せてください」と言うメイド達に、「いいの、私がやりたいの」と、掌を差し出し、1日中付きっきりでの看病だった。濡れタオルの替えや、子守唄。出来損ないの回復魔法などできることは全てやった。その甲斐あってかどうかは知らないが、特に大事には至らなかった。
でも、私はその時心に誓ったのだ。
「もう2度と可愛い弟にこんな思いはさせない」と。
だが、現実はどうだろうか。自分の目的の為に無理を強いて、倒れさせて。
全てうまくいっている。そう思って油断していたらこのザマだ。
「偉そうなこと言ってるけど、これじゃあ……姉失格ね」
いつの間にか口に出していた。
顔を下げて自分の自分勝手さを嘆いているときだった。
「……そんなことありません。これは姉上のせいじゃないです」
その弱々しい声に顔を上げると、ライズが身体を起こしてこちらを見ていた。
「な、何やってるの!? 寝てなさいって言ったでしょ?」
ライズの肩を持って、もう一度身体を寝かせようとするが、それ以上に強い力で反発されてしまう。
「いや……です」
「え?」
「姉上に心配して頂けるのは嬉しいです。でも、そのせいで姉上が傷つくのは嫌です」
「何を言ってるの。これは私の失敗よ。無理を強いた私のね。だから、ライズは何も気にしなくていいのよ」
「違い……ます。剣の訓練も魔法の特訓も、確かに楽なものではありません。しかし、隊長やウィズダム様は私以上に私の身体を気にしてくださります。無理が祟ることなんてあり得ません」
ライズは私の手を握ってそう告げる。握られた手はブルブルと震えていた。
「でも、現にこうしてライズは倒れて……」
「違う!」
病室にライズの声が響き渡った。私の前でこんな大声を出すなんて初めてだ。
「違うんです、姉上。これは、ウィズダム様のせいでも隊長のせいでも、まして姉上のないのです。全ては差し入れのお菓子のせいなのです」
「差し入れのお菓子……ま、まさか! 何か盛られたって言うの!?」
「基本的に人のことは疑いたくないですが、明らかにあのお菓子を食べた後に体の魔力量が減ったんです」
魔力が減った……減魔剤でも盛られたというのか。確かに、作り方さえわかればそう難しいわけでもないが。
「それ……誰からの差し入れだったの?」
「セトロス侯爵家のご令嬢でした」
「セトロス侯爵!?」
偉くタイムリーな名前が出てきたので反応してしまう。エティを虐めている令嬢グループの主犯と同じセトロス家の令嬢。世間は狭いと言うべきか、なんと言うべきか。
「知っているのですか?」
「えぇ……。ちょっと、さっきエティと話してた時にもその名前が出てね、どうも厄介な人物らしいわ」
「そうでしたか。いや、私も危機管理でした。今思えば怪しいところはあったのです。皆にご自由にと与えたクッキーとは別に私には手渡しで別のお菓子を渡してきましたから」
「いや、いいのよ。基本的に人を疑うのは良くないって教えたのは私だしね。でも、こういうのはもっと先に話しなさい」
「いえ。姉上に余計な心配をかけたくなかったのです」
「姉が、弟に余計な心配をしないで何をするって言うのよ。貴方に一つ教えといてあげるわ。あのね、弟から頼られること以上に、姉が喜ぶことなんてそうないのよ」
「あね……うえ」
ライズは身体を震わせていた。きっと、限界の身体に逆らってでも、私に伝えたかったのだろう。
「ありがとね、ライズ。取りあえず今は寝ていなさい」
「あ、あねうえは今から何処へ?」
あら鋭い。でも、こういうは姉の役割だからね。
「少しお話をしなきゃいけない相手が出来たから、そこにね」
「……お気をつけて」
「ふふっ。今は私より自分の心配をして寝なさい」
「は……はい……」
そう言ってライズは再びベッドに身体を預けようとするので、それを支えてゆっくりと身体を下ろした。
昔は病気の時は寝てばかりだったライズが、私の指示を押し切ってまで口を開こうとするなんてね。
この子もゆっくりと勇者に近づいてきているという事かしら。まだまだ1人では少し心配だけれど、あの頃のままってわけでもないみたいね。
このまま、きちんと一人前の男になって、行く行くはエティと……。
そう考えた瞬間、胸に変な痛みを感じた。
これは、寂しさだろうか? きっとそうだ。愛しい弟が自分の元を離れて独り立ちするのが少し寂しいのだ。
でも、相手があのエティなら、心配はいらないわよね。
「でも、今はまだ、貴方は私の弟なんだから、今はお姉ちゃんに任せなさい」
いつの間にか私はライズの頬に口づけをしていた。
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